ドライブ編のCM撮影も順調だった。
まずは動かない車の中での様子をいろいろな角度から撮影する。
二日目ということもあって、イルカ先生は助手席に座ってリラックスしていた。
音声は拾わない約束なので、普段通りにおしゃべりしたり、笑い合ったり。イルカ先生の耳にこっそり耳打ちすると、くすぐったそうに肩を竦める。調子に乗ってハグしてみたり、頬にキスまでした。
まるで恋人同士のような時間。
車の隣に立ち風景を眺めるというロケもあっという間に撮り終えた。もっと時間がかかってもいいくらいだった。だって楽しかったから、夢のように。
ロケが終わったら即解散で、これからイルカ先生と一緒に食事に行くのも楽しみでしょうがない。
うきうきとロケ地を後にしようとしたら、紅が話しかけてきた。
「ねえ、カカシ。ちゃんと守ってあげなさいよ、イルカ先生を。あんたは有名人で仕事だからいいけど、イルカ先生は違うでしょう。心ない言動で近づく輩は星の数ほどいるんだからね」
「あ、ああ」
紅の言うことは、あのモデルのような人間のことだと思ったから、素直に頷いた。ずっと側に居て話しかけられないようにすれば問題ないはずだ。
本当に分かってるのかしら、みたいな顔で紅は疑いのまなざしを向けてくる。ちょっとムッとして、ちゃんと分かってるよと返した。
「カカシさん?」
「イルカ先生、お腹空いたでしょ。食べに行きましょう」
「はい。CMが出来上がるの、楽しみですね」
イルカ先生が無邪気に笑う。
ああ、可愛いなぁ。
と、呑気にそう思っていた。
後日CMが放映され始めると、それは瞬く間に話題になった。
そりゃイルカ先生は可愛いし当然だろう、俺のエスコートもよかったしね、と最初は自分の手柄のように思っていたのだが。
はたけカカシの相手役はどこの誰なのか。CMの映像があまりにも自然だったので、あれは演技ではなく本当の恋人なのでは。
噂が飛び交い、次第に報道が過熱していった。
一緒に暮らしていることやイルカ先生の職場までバレて、マスコミが押しかけてくるようになってしまい、校長からしばらく学校に来ないよう通達が来た。
謹慎の意味合いもあるが、純粋にイルカ先生のことを案じての処置も含まれていたと思う。二人そろって説明に行った時の校長はそういう理解ある人物だったから。
住んでいるところも安全とは言えなかったため、しばらく都内のホテルに避難することにした。
せめて事態がもう少し沈静化するまでの仮住まいだったけれど、学校に通えないことはイルカ先生の気持ちを激しく落ち込ませた。
まったく考えが足りなかった。
CMに出るというのはそれだけ人の目に晒されるということ。
芸能人なんて生活すら切り売りするような職業だから致し方ないところはある。でもイルカ先生はそうじゃない。紅からも言われていたのに気づいてなかった。
でもそれじゃあ、どうすればよかったんだろう。
もちろん答えは分かっている。CMになんて出なければよかったんだ。俺が浅はかだったばっかりに。
「イルカ先生、ごめんね……こんなことになったのは俺のせいだ」
謝っても謝り足りない。
「違いますよ! カカシさんが悪いわけじゃありません。だって俺が使ってくださいって言ったんだから。ね?」
だからいいんです、とイルカ先生は言うけれど。やっぱり俺が関わったから騒ぎが大きくなったのは間違いない。
ほとんど部屋から出ることができない今の状態は、精神的に辛いだろうに。イルカ先生はそれでも笑顔を見せようとしてくれる。
せめてもの息抜きにと、二人でホテルの中にあるレストランへと向かった。
けれど。
「ね。あれって……」
「うんうん。絶対そうだよね」
「やだー、しんじられなーい」
俺たちを見て女の集団が騒ぎ出す。
ひそひそと交わされるくだらない陰口。うんざりだ。
部屋を出ずにルームサービスを頼めばよかった、と思ったが後の祭りだ。さっさと食べて部屋へ戻ろうと思っていたら。
「こんにちはっ」
イルカ先生が笑って話しかける。
挨拶された側は気まずそうに目を見合わせ、
「こ、こんにちは……」
と蚊の鳴くような声を発すると、そそくさと逃げていった。
「イルカ先生……」
「挨拶は生活の基本ですからね」
イルカ先生はいつだって曲がったことはしない。まっすぐで強い。
あんな奴らに挨拶しなくてもいいのに。
だって、逃げていった連中はどの子も顔を真っ赤に染めていた。
あれは絶対イルカ先生の魅力の虜になった違いない。
陰口をたたいていたくせに。ちっと舌打ちしそうになったが、イルカ先生の前なので思いとどまった。
それからイルカ先生は人の視線を受ける度に近づいていって挨拶をした。
挨拶する度に周りの人間の悪意は霧散していくようだった。その証拠に、数日もすると従業員はもちろんのこと、ホテル内に居る人たちは皆イルカ先生を見ると笑顔で挨拶し、声を掛けてくるようになっていた。
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