ホテルの一室に引き籠もっていると、暇だ。それはもう。
イルカ先生は持ち込んだ学校用の書類やテスト問題作りなどに勤しんでいる。一方俺はまったくもってすることがない。無趣味だからだ。
そうなってくると暇つぶしにテレビをつけることはある。チャンネルは数多く、うるさくて低俗なワイドショーなどはもちろん見ないが、世界情勢のニュースだの映画だのをやっていて時間をつぶせる。
リモコンをいじってチャンネルを変える時に、ふっと例のCMが映った。
思わず魅入ってしまう。
けれど、これのせいで今現在こんな目に遭っているかと思うと腹立たしくなると同時に、イルカ先生に申し訳ない思いでいっぱいで、チャンネルを変えようとした。するとそれに気づいたイルカ先生が、リモコンを持つ俺の腕に触れて止める。
「なんかこのCM好きなんです。俺も笑ってるし、カカシさんも笑ってて嬉しいっていうか」
たとえ酷い目に遭ったとしても、それを受け入れる強さとそこから幸せを発展させる前向きさがイルカ先生にはある。
すごい人を好きになったんだなぁと感慨深かった。自分の目の確かさもちょっと自慢であったりする。
悦に入っていたその時、ホテルの備え付けの電話が鳴った。
フロントから何かの業務連絡かと思ったら『お繋ぎします』とのこと。小学校の校長からの電話だった。
「今テレビを観られますか?」
「ええ、はい」
「では、すぐにNテレビをつけてください。もう始まってます」
「は?」
「子供たちが何かするみたいですよ」
子供たちって? 何かって何を?
疑問は溢れそうだったが、観れば分かるのだろうと慌ててリモコンをいじる。
Nテレビは生放送の真っ最中だった。
しかも田舎の鄙びた小学校。
この校舎は俺にも見覚えがある、イルカ先生なら尚更。
「イルカ先生ってどんな先生なのかな?」
レポーターが子供たちにマイクを向けていた。
「ええっと、イルカ先生はいっつもドジばっかりでぇ。この前だってサスケが投げたボールが顔面を直撃して鼻血ブーして……」
「な、なるとぉぉぉ」
ナルトの暴露話が続く中、イルカ先生がガックリと肩を落とす。
全国放送でこれはない。ないわー。
どうしてここでその話をするのか訳が分からん。何の罰ゲームだ、と俺ですら思った。
しかし。
「でも、すっごく良い先生だってばよ! 俺たちのこと一番に考えてくれるのはイルカ先生なんだ。だから……いつだって笑ってて欲しいんだ!」
一応あれは前振りだったらしい。
「みんなが騒ぐから、イルカ先生ここに戻ってこられないの」
「授業もぜんぜん進まないし」
「休み時間に遊んでもらえないし」
「イルカ先生、きっと今頃学校に来られなくて泣いてるもん」
「人が嫌がることしたら駄目だって先生言ってた!」
子供たちが次々としゃべり出してカメラに殺到する。先ほどのレポーターはもはや画面の外へと弾き飛ばされていた。
「イルカ先生は何も悪いことしてないよ!」
「それを言ったら『はたけカカシ』だって悪くないだろ」
「悪くないのにどうして追いかけ回されるのか分かんない!」
子供の甲高い声がわーわーと響き渡り、ほとんど何を言っているのか不明なドつぼな状態であった。
「みんな、ストップストップ!」
女の子の一声でピタリと喧噪が静まる。
「イルカ先生が誰と居ても誰と暮らしていても、幸せに笑っててくれるなら私たち気になりません」
「だから、そういうことで騒がないでほしいんだってばよ」
「私たち、イルカ先生と一緒に勉強して遊んで、そして絶対一緒に卒業式をしたいんです。お願いします」
「お願いします!」
まるで街頭募金のように頭を下げる子供たちの姿は、しばらく画面を占領していた。
呆然と見つめていた俺は、ぐずっという音で我に返った。
イルカ先生の目には溢れんばかりの涙が溜まっていて、何度も鼻を啜る音が部屋に響いた。
「子供たちがどうしても言いたいことがある、と言い出しまして。テレビ側に止められたら困るので一発本番の生放送じゃないと、と皆が主張するので、校長として許可しました。どうでしたか?」
電話の受話器からは校長からの楽しげな声が聞こえていた。
イルカ先生は今は答えられそうな状態ではなく、俺が慌てて礼を伝えると、どういたしましてと校長は言って電話は切れた。イルカ先生が泣いていることなどとっくにお見通しだったろう。
きっとイルカ先生は画面越しに観ているしかない自分をもどかしく思っている。子供たちが目の前に居たら全員抱き締めていたはずだ。
やられちゃったなぁ。
正直悔しかったが、イルカ先生が幸せを感じるならばそれも致し方ない。大人しく白旗を揚げる。
「帰りましょうか、あそこに」
逃げていても何も始まらない。
記者会見だって何だってしてやろう。
俺はそういう気分になっていた。イルカ先生もそうだったに違いない。だってすぐに頷いてくれたから、嬉しそうな笑顔つきで。
こうして俺たちは、しばらく離れていた懐かしい田舎へと帰ることにした。
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