見つかったら社長達から叱られることは確実だったので、ホテルをこっそりと抜け出す。一番近い時間帯の新幹線に二人で飛び乗った。
「ははは。ギリギリセーフ」
「はぁ、走った走った」
息を切らせて席に着く。
車内はちらほらと席が埋まっている程度で、俺たちの周りに座っている人間は居なかった。
頬を紅潮させながら息を整えようとしているイルカ先生をそっと覗う。
目がキラキラと輝いたまま振り向かれて、わぁどうしようと思った。たったこれだけでもうドキドキする。
落ち着け、俺。
何かしゃべらないと。
「あの、イルカ先生……」
「はい?」
「俺のせいでいろいろと迷惑をかけてしまってすみませんでした」
何度も謝ったけれど、子供たちと引き離して暮らさざるをえない生活を強いてしまったことは、どれだけ謝っても謝り足りないと思っている。あんなにも学校が好きな人を、とさすがの俺も反省したのだ。
「カカシさんのせいじゃありませんよ」
いつだってイルカ先生は気にするなと笑顔で言ってくれる。それが逆に申し訳ない気持ちを増す。
「でも……」
「むしろ俺なんかと恋人って噂されて、迷惑なのはカカシさんの方じゃないですか?」
「はあ!?」
意外な言葉にすっとんきょうな声が出た。
「迷惑なんかじゃありません!!」
そんなそんな。もし本当に恋人なら嬉しすぎる。むしろ全世界に言いふらしたいくらいだ。
そういえばこの人、俺が好きなこと知らないんだった……。
やっぱりきちんと言うべきだよな。知らないままなのは俺にとってもイルカ先生にとってもたぶんよくない。
一大決心だった。
どんな舞台だろうとカメラの前だろうと緊張しない俺が、握り締めた拳を震わせるほどに。
「俺は、噂が本当だったらいいなぁって思ってます」
「え?」
イルカ先生がきょとんとした顔をこちらに向ける。
見られていることにカーッと頬が熱くなるが、ここでやめるわけにはいかない。平常心平常心。
「イルカ先生が俺の恋人だったら嬉しい。みんなが羨ましがるくらい仲が良いところを見せつけたい。だって初めて会った時から好きだったから。イルカ先生と恋人になりたい、です」
イルカ先生は、俺の一世一代の告白をぽかんと口を開けたまま聞いていた。そしてそのまま固まった。
あまりの動きのなさに不安が募る。
「あの、聞こえてます? イルカ先生?」
肩を揺すると、はっと我に返ったようで、とりあえず安心した。
「ビックリした。息が止まるかと思いました」
「だ、大丈夫ですか」
慌ててイルカ先生の背中をさする。
「すみません。変なこと言って……」
やっぱり駄目だったか。
落胆の溜息を吐き出そうとしたその刹那。
「本当ですか?」
イルカ先生は俺を見つめたまま首を傾げている。
「今の、本当ですか?」
「あっ、はい。本当です!」
もちろん嘘なんて言ってない。
もしかしたらその気迫が伝わったのかもしれない。イルカ先生のまっすぐな瞳はふわりと緩んだ。
「俺もカカシさんが好きです」
「は?」
魅力的な瞳に目を奪われているうちに、なんだかありえない言葉を聞いた気がする。
ああ、あれか。お友達として好きとかそういうやつ? イルカ先生は好きな人多いからねぇ。
ぼんやりとそう思っていると。
「これで恋人同士ですか?」
にこりと笑う顔が目の前に。
えええええええ!
「ほんっ」
「ほん?」
「ほほほ本当ですか! 俺のこと好きって!?」
「本当です」
「いわゆるそういう意味で?」
「はい、そういう意味で」
夢だろうか。
あ、つねっても痛くない。気がする。
そっか、夢か。ですよね。ですよねー。
自分を納得させようとしていると、イルカ先生がふたたび口を開く。
「まさかカカシさんも俺のことが好きだなんて知りませんでした」
なんて無邪気に言う。
嘘だ。あんなあからさまに好意を垂れ流していたのに、知らないことがあるか!……いや、イルカ先生ならあるのかもしれない。
ガクリと頭を垂れた。
「あの、ちなみに俺のどういうところが好きなのか聞いてもよろしいでしょうか」
動揺のあまり敬語が抜けない。
イルカ先生はちょっと考え込んだ後に答えてくれる。
「どういうところ、と具体的に考えたことはないです。テレビの中のカカシさんはすごいスタァだけど、本当は苦手なことや知らないこともけっこうあったりする。そんなごくごく普通の姿があたりまえのように自分に染みついてしまって、もう分けることはできない、そんな感じです」
イルカ先生の一言一言が強烈で、いたたまれない。
誰かの一部になるって、それはそれはすごいことじゃないだろうか。
頭がぼぉっとしてくる。
「カカシさんは? どういうところが好きなんですか?」
うわっ、逆に来た。
どうしよう。
「すべて、と言っていいです。が、強いて言えば、一緒に居ると幸せになれちゃうんだろうなと思えるところが」
何よりも好きだ。
ただ側に居る。それだけで周りに幸せをもたらすあなた。
時たま泣きそうになることがある。それくらい世界を優しく変えてしまう。今まで生きてきた世界とはまったく違うものだ。
そう伝えると、イルカ先生は照れくさそうに『そうですか?』と答えた。
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2012.01.14 |