長机とパイプ椅子の即席会見場。
そこにこれでもかと詰め込まれた記者たちが固唾をのんで俺たちを見つめている。
まさかあんな噂を肯定されるなど、想像していただろうか。たぶんない。ただ単に面白可笑しく記事にしていただけだ。
連中の思惑を裏切ることができて、俺は最高潮に機嫌が良かった。いや、イルカ先生の恋人になれたという事実がナチュラルハイへと導いていく。
「ど、同性同士ということですが」
「あまりそういうことは意識していません。好きになった人がたまたま男だったというだけで」
優等生の答えだって、にこやかな笑顔つきで言える。
この会見で印象が悪くなればイルカ先生の生活が掻き乱されるだけだと分かっているので、今の俺は真剣に演技できるのだ。役者なめんなよ?
けれど、俺の演技など無用の長物だった。
イルカ先生がただ守られるのを良しとする人ではないのを忘れていた。
「うみのさんは、こんな風に有名人の恋人だと公開されることをどう思っておられますか」
「……本当は少し怖い、です」
その答えにぎゅっと心臓を掴まれる気がした。
イルカ先生は少し緊張した面持ちで、けれどいつものまっすぐな瞳は前を向いていた。
「でも。自分にはたくさんの大切なものや好きな人に囲まれているので、大丈夫だって思えます」
ゆっくりと紡がれた言葉は、穏やかなのに秘めた力を宿している。
この会場の中で、イルカ先生を否定的に捉えている人間は誰一人いなかった。
「これからどう暮らすご予定ですか」
「普通です。今まで通りに仕事をして、ご飯を食べて、普通に生きていきます。好きな人と一緒に」
にこりとイルカ先生が俺に笑いかけてくれる。その喜び。
ちょっと泣きそうだった。
そんな記者会見がようやく終わろうとしていた頃。
「イルカせんせー!」
体育館の重そうな扉が開き、わっと駆け寄ってくる集団。まさにイルカ先生の教え子たちだった。
「せんせー、おめでとー!」
「おめでとう!」
子供たちが畳み掛けるようにお祝いの言葉を口にする。ナルトに至っては勢いのままイルカ先生にタックルをかまし、俺をハラハラさせた。
祝福されてイルカ先生はまたまた涙ぐみ、『お前らぁ』と次々と頭をぐしゃぐしゃに撫で回し、感極まっていた。
この光景は驚異的な視聴率を稼ぎ、お茶の間の皆様を感動の渦に巻き込み、テレビ局の電話はじゃんじゃか鳴り響いた。
こうして俺たちは、日本中公認カップルとなった。
後日聞いたところによると、最初のインタビューも記者会見の乱入も、サクラの脚本だったそうだ。あなどれない、小学生。『イルカ先生が幸せならそれでいいのよ』と彼女は笑顔で言った。
俺の格好いい見せ場などまったくなかったが、人間幸せならばほとんどのことを許せるのだと知ったのだった。
あれ以来、普通に田舎で暮らしている。
マスコミは正式な取材以外では寄ってこなくなった。自宅の近くでの待ち伏せもない。
プライバシーの侵害であることを事務所を通して抗議したせいではもちろんなく、新たな目を引く事件が発生したからだろう。猫も杓子も一つの話題に集中してしまうのは如何なものかと思う。思いはするけれど、自分に降りかかる火の粉でないならば、ある程度は容認してしまうのは仕方がない。
ともあれ、マスコミさえやってこなければ田舎の人々は俺たちに寛容で、手を繋いで歩いていても『ああ、またやってるよ』ぐらいの反応しか返ってこなくなった。ごくごくあたりまえの日常だ。
イルカ先生の家は二人で居る分には密着できて便利だが、いかんせん手狭である。やっぱり家を建て直した方がいいのだろうかと俺は考えている。イルカ先生にはまだ内緒だ。
「あ。カカシさんだ」
なんとなくテレビをつけていたら画面に俺が映った。
今度の映画の宣伝で、出演者たちと一緒にインタビューに答えるという番組。映画は今人気のある役者をごろごろ揃えてあって、豪華共演で人寄せしようと目論むものだった。が、金をかけてあるだけあってそこそこ出来の良い仕上がりだったと記憶している。
その番組をじっと観ていたイルカ先生が首を傾げた。
「あんな綺麗な人たちに囲まれていて、どうして俺なのか未だに分かりません」
「ええっ、そんな!」
疑われているのかと思い、思わず叫んだ。
俺がイルカ先生を好きだという、一番大事なことを信じてもらえないと困る。
「分からないけど、俺を選んでくれて嬉しい。すごくすごく嬉しいです」
そう言ってイルカ先生はくしゃりと笑った。
嬉しいのはこっちの方だ。本当にイルカ先生は俺を喜ばせるのが天才的にうまい。
この気持ちを受け入れられて恋人になれるなんて、まるで奇跡だと思う。
テレビでは今、はたけカカシとその恋人が理想のカップルの一位に輝いた、と騒ぎ立てている。どこのアンケートだか知らないが。ゲイカップルが一位になったのは史上初です!と女子アナが興奮気味に説明していた。
画面はスタジオから街頭に切り替わり、街でアンケートの結果を見せて感想を聞いて回る映像が流れる。
≪どういうところが理想だと思いますか?≫
ペーペーの新人アナウンサーがマイクを差し出しているのは、女子高生だ。
≪だって、あの二人を見てると私まで幸せな気持ちになれるんだもの。ねぇ?≫
≪うんうん≫
そう言っているのが聞こえ、俺もうんうんと頷いた。
そうだよ、だって俺は心底幸せだもん。この溢れんばかりの幸せが周りも幸せにするというならそれもいいかもしれない。
俺は満足しつつ腕の中の恋人をぎゅっと抱き締めた。
END
●back● 2012.01.28 |