【ひとめ会ったその日から7】


順番を待つ間、だんだんと血色が良くなってくるイルカさんを怪しまれないよう観察しつつ、他愛のないおしゃべりを続ける。
「俺、ラーメンが好きなんです」
「へぇ、俺もけっこううるさいですよラーメンには」
「ホントですか!」
ぱぁと顔を輝かせてしゃべる姿は可愛い。
そうか、そんなにラーメンが好きなのかぁ。
本当に好きなのが伝わってきて、こっちまで嬉しくなってくるような笑顔。それが伝染したかのように俺の気分も最高潮に良い。
あの店は行ったことがあるかどうかとか、どこそこの味はどうだのと、意外とラーメンの話題は尽きずしゃべり続けた。
そのうち名前を呼ばれ、まだ座っているイルカさんに後ろ髪を引かれつつ検査室に入った。
胸部レントゲンなら遠い昔やったことがある。
箱のようなものを抱え込んで少し息を止めていれば、何事もなく終わる簡単な検査だ。何の問題もない。
問題は次の胃レントゲンだろう。
実は胃は初めてで、ちょっと緊張している。
バリウムという物体を飲んだことがないので、ゲップが出てまるでコントみたいに永遠飲み直さなきゃいけなかったらどうしよう!とひそかに思っているのだが。
X線の受付をして長椅子で待つ間またおしゃべり。
いっそこのまま検査の順番が永遠に回ってこなければいいのに、と思う。そうすればずっと一緒にいられる。
「カカシさんはバリウム飲むのは初めてなんですか」
「はい、実はそうなんです……」
「大丈夫ですよ。バリウムは痛くないですから安心して。あ、でも飲む前に注射するんですけど、それはちょっと痛いです」
「え、注射ですか?」
またイルカさんが辛い思いをするんじゃないかと心配になった。
採血で青白くなった顔色もようやく元に戻ってきたばかりだというのに。
俺がそう考えているのが伝わったのか、イルカさんは照れくさそうに笑った。
「筋肉注射だから、痛みはあるけど血管には関係ないんです」
だから大丈夫、と言う。
筋肉注射って何だろうと思った時に名前を呼ばれた。
中の椅子に座ると、看護師がさっそく注射をうつ準備をしている。注射の大きさはたいして大きくなく、あれが痛いのか?とじっと眺めた。
「はたけさん、二の腕をしっかり出してください」
と言われ、咄嗟に左腕をまくってしまった。
いかにも採血に失敗しましたの感がある左腕を見て、看護師は「あ」と言ったまま固まったが、さすがプロ。次の瞬間にはにこやかな白衣の天使スマイルを披露する。
「では今度は右腕にしましょうね」
大丈夫、私は失敗しませんよ、という気迫がバリバリ伝わってきてビビる。
でも痛いのにビビってると誤解されたくないので、思いきって腕をまくった。さっさとやってさっさと終わってしまえばいいのだ。
ちくりとした微かな痛みを感じた後に強烈な痛みがやってきた。
「はい、おしまいです。よく揉んでくださいね」
看護師は満足げな表情で笑うと、てきぱきと次の準備をしている。
なるほど筋肉に注射するとはこういうことか。血管だったら揉むと血が出て止まらなくなるが、筋肉だと逆に揉んで浸透させるのかと感心する。
腕は痛いが、これなら我慢できないことはない。
ふとイルカさんは大丈夫かなと思いを馳せた。『ちょっと痛い』と行っていたくらいだから心配するほどのことではないと思うけど。
「これを飲んでください」
顆粒状の白い粉とほんの少し水。それを飲んだ瞬間悟った。
俺は間違っていた。いや、勘違いしていたんだ。
ゲップが出そうになるのはバリウムのせいなんかじゃなくて、胃を膨らませる為に飲むこの薬だ。胃の辺りでシュワシュワと発泡して苦しい。
たしかにゲップが出ても仕方がない状況だ。これを我慢するというのはかなり難しい。
出ないよう出ないよう集中するあまり、足元がおぼつかない。フラフラと指示される方へと向かった。
金属の簡易ベッドを縦にしたようなものに乗っかり、そこでバリウムを飲む。
バリウム自体はマズイ豆乳みたいなものでそれほど抵抗はない。ざらりとした食感。紙コップはLサイズだが、今飲むのは半分ぐらいでいいと言う。
なんだ、拍子抜けだ。一気飲みする気マンマンだったのに。
まあいい。
それよりもガラスを隔てたところからマイクでしゃべっている指示が、ボソボソ言ってて聞き取りづらい。
斜め45度のまま止まれだの、右回りで半回転して俯せになれだの、今度は左回りで仰向けになれだの。指示がよく聞き取れなくてモタモタしてしまう。指示の意図が読めないのでなおさら。
途中残りのバリウムを全部飲み、悪戦苦闘しながらなんとか撮影に耐え、ようやく変な台から解放された。


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2007.03.17


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