ちらっと綱手姫の方を見ると、いつの間にかイルカさんと一緒にこちらの話題に聞き入っていた。まずかったかなと思いながらも、今さら後に引くわけにもいかない。
「うむ。ステージはシズネとサクラに手伝ってもらうから充分だ。イルカはカカシを手伝ってやるといいよ。なんでも金持ち連中相手のパーティなんかで手品を見せて回る仕事をさせるつもりだとか、三代目が言っていたから」
「はい、わかりました」
あっさりと自分の思った通りに事が運んでしまい、その幸先の良さに首を傾げているところへ綱手姫にこっそり耳打ちされる。
「カカシカカシ。イルカを助手に使わないと約束してやるから、代わりにブラックジャックの必勝法を教えな」
道理で、と溜息をつく。話がうまいと思った。
「聞いたよ。お前、ディーラーをやってたんだって? 絶対勝てる方法を教えてくれたら、お前のやりたいことを応援してやってもいい」
俺が何を欲しがっているのかわかっている上のでの交換条件なんだな。ギャンブル狂の綱手姫らしい。
しかし、それはそれで都合が良かった。目的がわかっている場合は対処がしやすい。
「OK、わかりました。交渉成立です」
手を差し出して、お互いがしっと手を組み合った。
じじいの悔しそうな顔が目に浮かぶようだ。邪魔するために呼び戻した綱手姫が役に立たなかったと知れば、きっと地団駄を踏むだろう。思わず笑いが込み上げてきそうになる。
しかし、それはできそうになかった。なぜなら、ぎゅうぎゅうと握りしめられた手の痛みを耐えるのに精一杯だったからだ。本当にあいかわらずの馬鹿力だ。
「それじゃあ、私たちはこれから引っ越しの準備があるから、帰るよ」
「ああ、何かあったら呼んでください。手伝いますよ」
事がうまく運んで気分のいい俺は、サービスのついでにそう言った。
「お前みたいなもやしに頼むより、自分で運んだ方が早い」
たしかにそうかもしれない。力は有り余るほどあるみたいだから。
しかし仮にも女性だ。一応は心配する気持ちもある。そう考えて去っていく後ろ姿に一言言い添えた。
「気をつけてくださいよ。若作りしててもいい年なんだから」
「ほっとけ!」
肩を怒らせて帰って行くところを見ると、どうも余計な一言だったらしい。
ま、いいか。根に持つタイプではないし、きっと今度会う頃には忘れている。そう気楽に考えていたら、イルカさんが側に寄ってきた。
「やはり綱手さまが五代目になられるんでしょうか」
「三代目であるじじいが決めたことですからね」
「でも、今までずっとカカシさんを探しておられたのに、三代目はどうして……」
まだ納得してないのか、イルカさんはずっと眉を顰めたままだ。本当の理由なんて知らない方がいいだろう。
「ま、気が変わったんでしょ。綱手姫だってすごいマジシャンですよ。イリュージョンが得意でね、マジックマスター火影にはふさわしいと思いますよ」
「綱手さまがすごいマジシャンだってことはわかっているんですが……」
いつもの笑顔が曇っているのはイルカさんにとってよくないし、俺も嬉しくない。なんとか笑ってもらえないものかと頭をひねる。
「そりゃあ、すごいマジシャンですよ。はっきりいってあの若作りは誰にも真似できない手品ですから」
「え?」
「俺はあの人の手品の中で、あれが一番すごい手品じゃないかと思ってるんですがね」
「そんな!」
ようやくイルカさんが笑った。しかし、これは冗談でもなんでもなかった。
「だって50才ですよ、あの人」
今の歳を教えてあげると、
「とてもそんなお歳には見えません!」
としきりに感心している。
眉間の皺が消えていた。よかった、俺はそう安堵した。好きな人にはいつも笑顔でいてほしいから。
「俺は火影の名前にはこだわってません。ただ手品をやりたいと思っただけだから。五代目のこと、歓迎してあげてください」
そう告げると、イルカさんはじっと俺を見つめた後、しっかりと頷いた。
「わかりました。これからは失礼のないようしっかりとお世話させてもらいます」
晴れやかに笑う姿に惚れ惚れする。
イルカさんも俺が火影にならなくても、ずっと一緒にいれくれるといいのだけど。でも、そんな望みも今はまだ言う勇気がない。今の関係が壊れるのが怖いと思う。少しずつ距離を詰めていって、いつかは伝えて返事をもらいたいとは思っている。でも今はまだ……。
「そういえば、俺とイルカさんはショーから降ろされて、パーティ要員になったんでしたね。あれはステージと違って大掛かりな仕掛けを使わないから、いろいろ構成とか練り直さないと駄目ですね」
「そうですね!どんな感じにします? クロースアップマジック中心ですか?」
「それとイルカさんの動物マジックも加えて……」
手品の話になると、イルカさんの瞳がキラキラと輝いていて、話をしているだけで楽しい。
じじいのせいで一緒にショーはできなくなるけど、こっちの方が密着できて嬉しいなぁと思っているのはイルカさんには絶対内緒だ。
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2005.05.04初出
2010.02.13再録 |