【魔術師の恋3】


 その後、五代目たちも引っ越してきた。ほとんど身一つでやってきた俺と違い、荷物は山のようにあったが、なんとか部屋におさまったようだった。
 そろそろ一緒に住むのにも慣れてきたある日の午後。
 ちょうど手持ちぶさただった俺は、屋敷の中をうろうろしていた。そこへ、ある声が耳に飛び込んでくる。
「ナルト!」
 イルカさんの声だ。
 ナルトの部屋の前で扉をどんどんと叩いている。必死の表情に何事かと駆け寄った。
「どうしたんですか?」
「ナルトがこっそり学校へ鳩を持ち出したんです。どうやら覚えたての手品を見せびらかそうとしたみたいで。でも……」
「あー、もしかして死なせちゃった?」
「はい」
 よくある話だ、手品に使う動物を死なせてしまうのは。
 隠して持っているため、手早く手品を始めて出してやらないと呼吸困難になる。慣れた大人でもパーティが始まらなくて手品を待たされ、仕方のない状況に陥ることがあるのだから。慣れていない子供ならなおさら。
 動物手品は命の危険と隣り合わせと言って良い。
 覚えたの手品は楽しい。自慢したい。その気持ちはよくわかるが、子供相手の手品ではなかなか思うようにはいかないのは目に見えている。死なせてしまったナルトはさぞかしショックだっただろう。
「それで部屋に籠もっちゃったんですね」
「しばらくそっとしておこうかと思ったんですが、あまり悪い方向へ考えが行ってしまうと良くないと思って」
 どっちがいいかは人それぞれだ。
 しかし、付き合いの長いイルカさんがそう言うなら、一人にしない方がいいのだろう。
 ずっと部屋の前で悲しい顔をしているイルカさんを見るのも俺の心臓によくない。
「わかりました。入りましょう」
「でも鍵が……」
「イルカさん。何のためのマジシャンですか」
 取り出した長針をひらひらさせると、イルカは顔色を変えた。
「駄目ですよ!ここはナルトの部屋ですよ? 勝手に鍵開けなんて!」
「まあまあ、時には荒療治も必要です。それにナルトが心配なんでしょう?」
 渋るイルカさんを宥めて、なんとか了承してもらう。
 ちょいちょいといじるだけで鍵は簡単に開いた。自分は空き巣でも食っていけるんじゃないかと思うくらい簡単に。
 部屋の中に入ると、ベッドの上で蹲っているナルトが見えた。
 子供のくせに声を殺して泣くんだな。震える肩を見て、そう思った。
「ナルト……」
「な、なんだよ。勝手に入ってくんなってばよ!」
 泣いているところを見られて恥ずかしいのか、慌てて目を擦り、大人二人を押し返そうとベッドから飛び降りてきて暴れている。
 ぐいぐい押してくる腕を避けながら、抱きしめて背中を軽く叩いてやるとおとなしくなった。イルカさんも横から手を伸ばして頭を撫でてやっている。
 しばらく落ち着くまでそのままでいて、ナルトが顔を上げた時に聞いてみた。
「ナルト。手品をやってるとこんなことはよくあることだ。それでもお前、マジシャンになりたいか?」
 少々意地の悪い質問だったかもしれない。しかし、大切なことだった。これぐらいでやめたくなるくらいならこの先やっていけないだろう。華やかに見える手品も、実際する側にとっては地味で大変なことばかりだ。相当の覚悟がなければ、それまでやってきた時間をも無駄にしてしまう。
 まだ小さいナルトにそれを強要するのは難しいのではないか、と少し思ったのだ。しかし。
「俺はぜったい火影になるんだから、これくらい平気だってば!」
 まったく迷うことなくそう言いきった。
 気持ちのいいくらい真っ直ぐなのは、きっとイルカさんがそういう風に育てたんだろうなぁと思う。赤ん坊の頃に俺は自分の都合で家を出て行ってしまい、側にいてやらなかったことも後悔していたけど、そんな心配もいらなかったかもしれない。
「そうだ!お前、勝手に鳩を持ち出したこと、イルカさんに謝ったのか?」
「う。ご、ごめんなさい、イルカ先生」
 ナルトは服の裾をぎゅっと握りしめて、おずおずと謝る。
「いいんだよ、ナルト。……ただし、今度やったらおしおきだからな!」
「うん!」
 イルカさんに許されて、ナルトは元気よく返事をした。
 きっと今まで何回もこんな風景があったんだろうなと思うと、羨ましく感じる。
 そんなことを考えている時に、扉がノックされた。サクラが少し興奮したようにナルトへ来客だと告げる。誰だろうと思っていると、その人物がやってきた。
 黒い髪に黒ずくめの服の子供。ナルトの学校での友達だろう。サクラが目をハートにさせて見つめていたのが、ナルトには気に入らないらしく、憮然としている。
「何しにきたんだよ、サスケ」
 ナルトが仏頂面で聞くと、その子もむすっとした顔で答えた。
「悪かった」
「え」
「俺のせいだろ? 鳩が死んだの……」
 ぽつりぽつりと話す内容から察するに、ナルトが手品をしようとするのを子供の悪戯心で邪魔をしたらしい。そのせいで鳩は窒息死してしまったというわけだ。ナルトが授業をほっぽって帰ったので、さすがに悪いと思って謝りに来たのだろう。
「べ、べっつにお前のせいばっかりじゃないってーの!」
「サスケくん…だったかな? いいんだよ。そういうのも含めてちゃんと管理して初めて、マジシャンって言えるんだからね」
 素直じゃないナルトのフォローにと、イルカさんが優しく対処していた。
 一応これで仲直りしたことになるのかなぁと二人の子供を見比べる。両方とも意地を張っているが、反省もしているようで、これなら大丈夫かと思う。明日からまた元通りだろう。
 しかし、そのときさらにナルトがそっぽを向きながら言った。
「あっちの部屋にさぁ、すっごい面白い仕掛けがあるんだけど……お前がどーしてもって言うなら特別に見せてやってもいいってばよ」
 強情っぱりなナルトらしい誘いの言葉。微笑ましくて笑える。
「こら、ナルト。せっかく来た友達にそんなこと言うもんじゃない。ちゃんと見せてあげなさい」
「ちぇー。イルカ先生がそう言うんだったら仕方ないや。こっちだってばよ」
 台詞は嫌そうだが、顔はニヤけて嬉しそうだった。腹芸のできない奴だなぁ。
 サスケという子はそういうのも承知の上なのか、何も文句は言わずについていき、部屋には俺とイルカさんだけが残された。
「あはは、なんか青春日記って感じですねぇ」
「可愛いでしょう?」
「ええ」
 実際同い年の友達が少なかった俺の目には、羨ましく映った。
「さ。それじゃあ大人の俺たちは、お仕事に専念しましょうか」
「そうですね」
 イルカさんの同意を得ると、ナルトの部屋の扉を閉じて練習部屋へと向かうのだった。


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