「今度の火影は女だってよ」
「ええっ!? 大丈夫なのか?」
「まだ顔さえ見たことがないからわからん」
「女が五代目じゃ火影の名声も地に落ちたって感じだな」
 まったく。噂話をするなら、周りに関係者がいないかぐらい確認すればいいのに。頭の悪い連中だ。
 ナルトはこういう陰口に慣れていないのか、不機嫌そうだ。自分だって綱手姫で納得いかない、などと言っていたくせに、他人に五代目を悪く言われるのは嫌らしい。
「五代目はカカシが継ぐんじゃなかったのか」
「せっかく弟子に返り咲いたのに残念だったなぁ」
 まったくぜんぜん欠片も残念そうには聞こえない、嬉しそうな声だった。もしかして同期の奴だろうか。俺はあいつらを覚えてないが、あっちばかりに知っているのは昔からあることで、よく絡まれていた。俺が若いのに四代目の弟子になったとか、ステージで人気があるとか、俺自身の努力で為したことを人にとやかく言われる筋合いはないのに、正直うざかった。
「でも、マジックショーの評判がよかったからテレビが目をつけたらしいぜ。あいつ、ツラだけはいいからさ」
 失礼な。ツラだけじゃなくて、手品だってお前ごときに負けない自信がある。
 ひとしきり憤った後、ふと気づいた。テレビからの出演依頼などきていないのだ。いや、俺の元にはと言うべきか。
 自慢じゃないが俺はテレビ嫌いだ。12年前のことがあってから関わりたくないとさえ思っている。たとえ依頼があったとしても絶対出るわけない。もしかして、それを知ってるじじいが断ってくれていたのかもしれない。
 ぼんやりと考えている間も、連中の話は続いていた。
「案外四代目を殺したのも、次の火影の座を狙ったあいつかもよ」
 まるで重大な秘密かのように言う。溜息が漏れた。
 事故直後もよく言われたことだ。
 あの当時は耳にする度に傷ついたものだったが、今では相手にするのも馬鹿らしいと思っている。知りもしないことを賢しらぶってしゃべるしか脳のない人間なのだ。言葉が通じないのだから仕方がない。ああいうのは放っておくのが一番だ。
 しかし、横で聞いていたナルトは今にも殴りかかりそうだった。
 肩を掴み、動くのを阻んでおいてから頭を撫でてやると、どうして殴らないのかと言いたげに口をへん曲げて見上げてきた。
 こんなので、将来陰口叩かれ放題の火影になんてなれるんだろうかと心配になった。真っ直ぐなイルカさんに育てられただけあって、ナルトも真っ直ぐすぎてこれから生きていくのが難しそうだ。
 ああいうのは聞いても忘れるのが一番なんだぞ、と教え諭そうと口を開きかけて止まった。なぜなら。
「あのイルカって男もさ、たいした手品の腕もないくせに弟子になりやがって。どうせ三代目の妾だったんだろ?」
「じいさんが老い先短いから今度は若いのに乗り換えたら、火影にならなくてガッカリってか?」
などと言って、馬鹿笑いをしたからだ。
 頭が殴られたような気がした。
 手品が好きでいつも一生懸命のあの人を、そんな風に侮辱される理由なんてなかった。地位や名誉に目が眩んでいる阿呆なんかに。
 気づけば、いつのまにか俺の拳は、男の右頬にみごとヒットしていた。
 もう一人もはっと気づいて防御しようとしたが、そのときにはもう顎に入って後ろに吹っ飛んでいた。
 思わず殴ってしまった。しかも公衆の面前で。
 拳を眺めながら溜息をついた。
 ナルトは止めさせたくせに、頭に血が上って駄目だった。自分をどうこう言われる分にはかまわないが、イルカさんの悪口には我慢がならない。
「カカシ。こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
 口の中が切れているのか、口元を覆いながら男が言った。
 ねちねちと執念深い男の言いそうなことだった。こういう人間は、自分にはまったく非がないと思っているので質が悪い。自分たちの吐いた言葉がどれだけ人を傷つけるかわかっていないのだ。
 周囲はざわざわと遠巻きに俺たちを取り囲んでいて、注目の的だった。その生け垣を割って入ってきたのはイルカさんだった。
「カカシさん、どうしたんですか」
 心配そうに駆け寄ってくる。
「なんでもありませんよ」
と誤魔化すように笑顔を作っても、この状況では明らかに嘘だとわかってしまうだろう。
 さすがにこれ以上注目されるのは不味いと思ったのか、男二人はこそこそと逃げていった。すれ違いざまに「覚えてろ」と言い捨てるのも忘れずに。
「すみません。今日はもう帰りましょうか」
 そう言うと、イルカさんは何か言いたげに口を開いたが、思い直して頷いただけだった。
 帰り道、イルカさんに聞かれないようこっそりとナルトに耳打ちする。
「いいか、ナルト。さっき聞いたことは黙っているんだ」
「でも……」
「あんな悪口を聞いたら、イルカさんやじじいだって気分が悪いだろ? わかったな」
 ナルトは、妾だととか四代目の話などを聞いてもよくわからないだろう。それでもその言葉に何かあざ笑う要素があるのだと勘でわかっているはずだ。
「……わかったってばよ」
 一度約束したことを破るような子ではないから、ほっと安堵の息を吐いた。


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2005.05.04初出
2010.02.27再録


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