ホテルのでかいワンフロアを借り切って、マジックマーケットは開催されていた。
入り口で警備員の物々しいチェックを受けた後、会場へと入った。そこは出店する業者が所狭しと並んでいて、さらにその隙間には多くのマジシャンたちがひしめき合っている。
「うわぁ、あれ何? あっちのは?」
ナルトは落ち着きなく周りを見回してはしゃいでいる。
「俺、ちょっと見てくる!」
我慢できなくなったのか、人混みをするすると避けながら走り去ってしまった。
「ナルト!」
「あー、ありゃ当分戻ってきそうにありませんね」
「迷子にならなければいいんですが」
「大丈夫ですよ。どうしても会えなかったら出口で待っていればいいんですから」
「そうですね」
平然とした顔を保ちながら、心の中ではナルトの突発的な行動を喜んでいた。しばらくここの仕掛けに釘付けになっていて欲しいと願う。
「それにしても、すごいですね。人混みもそうですが、どの手品の道具も全部凝っていて」
イルカさんも目を輝かせて周りを見渡している。
よかった、喜んでくれているなら連れてきた甲斐がある。
「こんな仕掛けが本当に売られているんですねぇ」
火影は代々こういったものを買ったりせず、自分で仕掛けを考えて業者に作らせる。それがマジックマスターとしての誇りとも言える。じじいの仕掛けときたら緻密な計算は芸術の域で、そのおかげで別名『プロフェッサー』とまで呼ばれているのだ。
だからそれに慣れ親しんだイルカさんにとって、仕掛けを売買することは不思議と驚きでいっぱいなのだろう。
「ちなみにあれはいくらぐらいするんでしょうか」
「んー、あれぐらいの大きな仕掛けだったら二千万ぐらいするんじゃないかなぁ」
「えっ、二千万もするんですか!」
目を丸くして驚いている。
「実演して、ネタがプロの観察眼でも確認できない場合は、さらに値段がはね上がります」
「プロでもわからないものもあるんですか?」
「そりゃあ、ありますよ。少し見ただけでわかる仕掛けだったら意味がないし」
わからないからこそ売られていると言ってもいい。売る側が苦労を重ねて完成させたものなのだから。どう見ても魔法にしか見えないものだってある。
「何か欲しいものはありますか? 大きなものでも請求はじじい宛にしておけばすぐ買えますよ」
「駄目ですよ!」
慌てて止めようとする姿に笑うと、ようやく冗談だと気づいて笑い出した。
「もう!」
「あははは」
「……でも、たとえ冗談じゃなかったとしても、こういった大きなものはあまり欲しいと思いません」
イルカさんはそう言ってから、少し照れたように鼻の頭を掻いた。
「大きなイリュージョンも、小さなコインマジックも、どっちも同じ手品です。人を驚かせたりわくわくさせたり楽しませるのに違いはありません。ただ俺が好きなのはどちらかといえば小さな手品で」
「たとえばこんな?」
目の前で手のひらをひっくり返した瞬間に、指の間から花を出す。そして、その花をイルカさんの胸ポケットに挿してあげた。一連の動作を見終わって、イルカさんは微笑んだ。
「ええ。こんな風にちょっとしたことで人間って嬉しくなるから不思議です。俺はそんな手品をやっていけたらなぁと思うんです」
イルカさんらしい言葉だった。
派手派手しいことは一切なくても、ほんの小さな手の動きで人を楽しませて心を温かくする。そんな手品がイルカさんには似合っていると俺も思う。
「俺もそんな手品の方が好きです」
そう言うと、イルカさんは嬉しそうに笑った。
そんな手品をするあなたの方がもっと好きですよ、とは言えなかったけれど。笑顔が見られただけで今は満足だった。ささやかな幸せを噛みしめながら、並んで歩く。
しばらくすると、ナルトがどこからか戻ってきた。
もう少しどこかに行っててくれればいいのにと残念に思ったが、三人で歩き回るのもそれはそれで楽しかった。
しかし、偶然じじいの関係の知り合いに出くわし、イルカさんが年寄りの世間話に付き合わされる羽目になった。知り合いということで無下にもできず、その人間の顔も知らない俺とナルトは暇を持て余しながら、少し離れたところでおとなしく待っていた。
そこへ耳に入ってくる声があった。少々濁声とあまり品のよくない声の男二人だ。
普段なら興味もないところだが、『火影が……』と聞こえてきたので聞き耳を立てることにした。
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