そのあと五代目に「ちょっとおいで」と馬鹿力で引っ張られ、俺だけ別室に連れ込まれてしまった。二人っきりで何の話かと首を傾げる。
「その陰口叩いていたナントカっていう男は、もう駄目だね。たぶん圧力をかけられて潰されるだろうな」
 圧力って誰が?
 じじいにならば潰すくらい楽勝なのは知っている。その気になれば、あの男は師匠の元を放り出され、マジシャンである限りは働く場も見つからず路頭に迷うことになるだろう。 もしも本当にそうなれば、その姿を想像するだけで少しは溜飲が下がる。
 しかし、イルカさんのことで目の敵にしている俺のためにそんなことをするだろうか。
「だって、三代目の逆鱗に触れちゃったからね」
「逆鱗?」
「四代目の件に関して、お前のことをとやかく言う奴を三代目は絶対に許さないと思うよ」
 そうだろうか。実感が湧かなくて困惑する。
「お前はさっさと出て行ったから知らないだろうが、あの時の三代目の落ち込み様といったらなかったんだからな」
「じじいが?」
「そりゃそうさ。大事な弟子を亡くした上に孫弟子も手品をやめたんだから……自分も今後一切手品はしないとまで言ってね。自来也が説得しなけりゃやめてたよ、きっと」
『カカシが戻ってきたときに火影の名前がどこにもないなんてあんまりじゃないか』
 弟子だった自来也のおっさんがそう言ったんだという。
 俺自身は別に火影の名なんてどうでもよかったけれど、どこにも存在しないのはそれは寂しいと少しは思ったかもしれない。それは仮定の話でしかないけれど。
「あの時傷ついたのはお前だけじゃないってことだよ」
 自分のことで手一杯だったけれど、傷つき悲しむ人間はたくさんいた。それに気づかないまま、今まで過ごしてしまった。視野の狭い子供だった。
「一度、きちんと言っておこうと思ってさ」
「……ありがとうございました」
 礼を言うと、五代目は『気にするな』と笑って手を振って部屋を出て行った。
 しばらくぼんやりしていると、かすかに扉を叩く音が聞こえた。
「はい?」
「カカシさん、入ってもいいですか?」
「イルカさん? どうぞ!」
 おずおずと入ってくる姿がなんともらしくて微笑ましいし、気を遣ってくれているんだなと思うと嬉しい気持ちになる。
「どうしました?」
「あの……さっきはすみませんでした」
 わざわざ謝りに来てくれたらしい。
「カカシさんが理由もなく殴るなんて思えなかったから、どうしても知りたくて。でも不快な思いをさせてしまったのならすみません」
「いえ、いいんです。そんな風に信じた上で心配してもらえるのは、すごく嬉しかったです」
 今の正直な気持ちを伝える。
 周りが見えていなかった俺を心配してくれる人がいるなんて、ありがたいことだ。そういう点で、ナルトが俺のことで怒ってくれたことや、じじいやイルカさんが気を配ってくれたことは、すごく感謝するべきことなのだと今さらながらに思った。
「心配かけてすみません。でも、どうしても耐えられなかったんです」
「そうですね。酷いこと言われたんですから」
「ええ、イルカさんのことをあんな風に言うなんて……」
「え? 俺のことですか?」
 イルカさんは驚きで目を丸くしている。
「だって、あいつら……」
「もしかして『三代目の妾』ってやつですか?」
 ぎょっとした。まさかイルカさんの耳にまで入っているとは思ってなかった。
「なんですか、そんなの言われ慣れてますよ」
「ええっ」
「俺はまたてっきり四代目のことでカカシさんが怒ったのだとばかり……」
 どうやら俺が怒った理由の解釈がお互い違っていたらしい。
 俺が怒った沸点とイルカ先生が怒った沸点ではまったく別物だったけれど、お互いのことを思って怒った点に関しては同じだったのかもしれない。
「あんな人たちのために、カカシさんが傷ついたり何かを失ったりする必要なんてないんですよ」
 俺もそう思う。
 あいつらのためにイルカさんが傷つく必要はまったくない。だから素直に頷いた。
 自分について言われる陰口はまったく右から左へ通してしまう自信がある。しかし、イルカさんについて言われるのは怒りが込み上げてくるのだから、これは仕方ないことだ。大事な人を悪し様に言われることに耐性をつけるなんて無理な話なのかもしれない。
 しかし、これからはもっと上手に対処しなければならないと思った。攻撃されてもかわしつつ、さらに致命的になる反撃をできるような大人になりたい。せめてあなたが傷ついたりしないよう守ってあげたいから。心からの笑顔を見ていたい。
「みんな心配していました。もちろん俺も」
「ありがとうございます。それだけで充分です」
 それだけで嬉しい。その想いがあれば、たった一人じゃないということなのだから。


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