「カカシさんは火影候補だから、よくない噂を立てられたりして大変でしたね」
「候補、ですか。どうしてみんなそんなことで目くじらたてるんですかねぇ」
「……カカシさんは本当にマジックマスターの称号には興味ないんですね」
イルカさんが苦笑したので、焦った。敬愛している火影のことを侮辱していると思われたらどうしようかと思ったから。
「三代目もおっしゃってました」
じじいが?
「何て?」
「長い間行方のわからなかった弟子が見つかった嬉しさのあまり、火影を継がせようとしたけれど、本人には興味のないことだったらしい。マジック界に戻ってきただけでよしとせねばならんなって。だから五代目も綱手さまを呼び戻して継がせることにしたんだとこの前言っておいででした」
そうだったのか。イルカさんと一緒にいられないよう、じじいが邪魔してるだけかと思っていた。心が狭かったと反省する。いつも人の想いに支えられて生きているのをわかってなかった。
でも、心の奥底ではじじいに邪魔する気がまったくなかったかといえば、そうじゃないと思っているのだけれども。それはまた別の次元の話だ。
「イルカさんには申し訳ないけど、俺は火影の称号自体に興味はないんです」
「そうじゃないかと思っていました」
あっさりと頷いてくれたので、ちょっとホッとした。
イルカさんだとて、火影を盲目的に信じているわけではなく、尊敬する人が火影だというだけの話なのかもしれない。たぶん俺もそうなのだと思う。だから称号には興味がないのだ。
「でも、手品は好きです。そう気づかせてくれたのはイルカさんです。ありがとうございます」
お礼を言うと、イルカさんはぱっと頬を染め、はにかんだ。
「俺はマジックマスター火影じゃなくて、カカシっていう魔術師を目指したいんです」
そう。ただの称号が欲しいんじゃなくて、手品を見せる人になりたいだけだ。人を驚かせ、わくわくさせる魔術師になりたい。
「だから、五代目は綱手姫がなればいいんです。六代目はナルトだといいなってちょっと思ってます。俺は俺だけの手品で」
ただ自分の好きなように手品ができれば満足だ。そして、その側にイルカさんがいてくれたらこれ以上望む事なんてないと思う。
イルカさんは微笑みながらこちらを見ている。俺がそんなことを考えているとは多分思ってもいないだろう。俺の考えをわかってくれたのは嬉しいけれど、気持ちの方はぜんぜん駄目だと思うとちょっと寂しい気もする。
恋なんて、仕掛けのある手品のようにはうまくいかない。ステッキで叩けば青い花が赤く変わるように、心も簡単に変われば苦労はしないのだ。思った通りになんて全然進むわけがない。でも、何もないところから現れる鳩への驚きや、箱を開けるときのわくわくする高揚感は似ていると思う。そしてその最中の幸福感も。
ずっと幸せな気分でいられるよう、これから少しずつでもいいから想いを伝えていこうと心に誓った。もちろん今じゃなくてこれからだけど。少し気弱になりながら、話題を微妙に変えた。
「それにしても、イルカさんが破門にしてくださいって言いだしたときはびっくりしましたよ。迫真の演技でしたね。俳優になれますよ」
あのときは、まさかそんなことを言うなんて思ってもみなかったから、本当に驚いた。嘘偽りなく。
よく考えてみれば、ナルトを騙すためじゃなければ言うはずがない。普通なら火影の弟子を辞めたいと望むはずはないのだから。
「あれは本気でしたよ」
「え」
イルカさんの表情は変わらず、微笑んだままだった。
「本当に破門されてもいいって思いましたから」
「え、え。どうして?」
きっぱりと言い切るイルカさんに、逆にこっちが狼狽えた。
「だって、俺にとってのマジシャンは最初っからカカシさんだったから。子供の時に初めて手品を見た時から決まっていたんです。今度会えたときは目の前から消えたりしないよう、絶対離さないでおこうって心に決めていました」
「……本当に?」
四代目じゃなくて俺を?
思ってもみなかった。俺がイルカさんにとってどういう存在かなんて。たとえそれがただのマジシャンとしてであっても、それほど強く思われているとは想像したこともなかった。
「はい。だから黙ってどこかへ行ってしまわないでくださいね」
その言葉とじっと見つめる黒い瞳だけで、心臓はばくばくと音を立て息苦しくなる。こんなにドキドキさせるなんて、あなたの方が魔術師のようだよ。
「そんな心配は必要ありませんよ。イルカさんが望む限り、ずっと側にいます」
もう要らないと言われても側にいるだろう。そしてずっとドキドキし続ける。一生俺は不整脈や呼吸困難と闘い続けるのだろう。きっとそれすらも幸せな日々だ。
そんな未来を想像して、口元が緩む。なぜか根拠もなく、何があっても大丈夫な気がした。悪いことは起こらない予感がする。
だから告白しようと決意した。今このときに。
「だって、俺はあなたが好きだから。離れたりしません」
イルカさんは最初驚いて目を見開いた後、頬を染めて笑った。
「俺は昔からずっと好きでしたよ」
その答えに、もしかして望むあまりの幻聴かと思った。
「それ……冗談ですか?」
「本当ですよ」
呆然とする俺に、
「年季が違います」
と、イルカさんは軽やかに笑っていた。
生きてきた中で一番幸せな瞬間だった。
今まで気づいていなかったじじいや周りの想いと同じように、俺は何もわかってなかった。もっと人への感謝とかそういうものを忘れない、強くて優しい人間になりたいと思う。そして。
願わくば、あなたにとっての魔術師がこれからもずっと俺でありますように。
END
●back●
2005.05.04初出
2010.03.06再録 |