なんでも嵐の最中は、アスマは大活躍だったそうだ。子供たちの話によれば。
ガタがきていた家の柱を手でずっと支えて守ってくれたらしい。
その怪力のおかげで家が吹っ飛ばずにすんだのはありがたいといえばありがたいが、子供たちの評価がイルカ先生、アスマ先生、カカシ先生の順位に落ち着いたことは納得がいかない。イルカは別として、島の王さまの俺よりも髭熊の方が上とはどういうことか。
しかし、まあそんなことはたいしたことではないのだ。今イルカが側にいるという事実の前では。
今日は定期船がくる日のため、また大勢の人間が船着き場に集まってくる。
そろそろ帰らなければ仕事がたまってヤバイと言いだしたアスマを、俺たちも見送るために来ていた。
「散々だった」
「まあ、いいじゃないか。アスマ先生は今回大活躍だったんだから」
「うるせ」
ぼやきながらもそれほど怒ってなさそうなところがこいつのいいところかもしれない。
「アスマさん、また来てね」
「ありがとうよ、イルカちゃん」
イルカには愛想のいいアスマに少しムッとしながらも、声をかけた。
「今度来るときは紅も連れてこいよ」
「…………」
「何?」
「いや。最初お前がこの島に永住するって聞いたときはなんの冗談かと思ったが、本気なんだなぁとしみじみ思ってさ」
「もちろん本気さ。この島で生きて、年を取って、最後には庭のあの白い墓に入るんだよ。お前も定年になったらここに住まわせてやらないこともないぜ?」
「考えとく」
アスマはニヤリと笑ってそう言い残すと、船に向かって歩いていく。左手だけを挙げてゆっくりと振ると、船に乗り込んでいった。
さっきからイルカがちらちらと俺の方に視線を向けるので、不思議に思って聞いてみた。
「何?どうした?」
悪戯が見つかった子供のように慌てた後に
「一緒に行きたい?」
と遠慮がちに聞く。
つまりアスマと一緒に帰らなくていいのかと心配していたのだ、とようやく思い至った。
なんか言動がいちいち可愛いなぁと思う。
「ここでイルカと一緒に暮らすって言ってるのに」
それでもまだ不安げに見上げてくるので、ゆっくりと頬を撫でる。
「大丈夫。どこかへ行ったりしないよ」
そう繰り返し言い続けると、少し安心したように溜息を洩らし、はにかんで笑った。
その笑顔を見られることが嬉しいと思いながら、手を取った。
「学校へ行こう。きっと子供たちも待ってるよ」
ぎゅっと握り返してくる手を、足早についてくる足音を、いやすべてを愛おしいと感じながら学校に足を向けていた。
これからまた穏やかで波の音に囲まれた日常が始まる。


太陽と風、海のリズムに大きく左右されるこの島での暮らしは、ときには苛酷なものではあるけれど、すべてが生きている証だ。
その喜びと幸せ。それがここが楽園と呼ばれる所以だろう。
この島の土になり、いつの日か海に還っていくよ。愛しい人とともに。
いつかこの島が海に沈んでしまっても。
ここにあるのが波の音だけになっても、想いだけは残るだろう。


END
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2003.08.14


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