【南の島の波の音5】


どれくらい泳ぎ続けていたか、いやむしろどれくらい流され続けていたかわからなくなった頃、リーフに辿り着いていた。
ヨタヨタと砂浜を上がって一息つこうとしたとき、横たわる黒い影が見えた。
目を凝らして見れば、それはイルカだった。
海流の流れが同じ場所へ運んでくれたのだと気づく暇もなく、駆け寄った。
「イルカ!」
抱き上げると身体が冷え切って冷たい。体温が異常に低下していた。
幸い気を失っていたせいか、あまり水を飲んでいないのだけが救いだった。
とにかく体温を元に戻さなければ死を免れない。そう判断したが、この嵐の中で火が焚けるわけもなく、建物に入って暖まれるわけもなかった。
少しでも雨風をしのげるように木々の影に移動する。
とにかくマッサージで血行をよくして体温を上げなくてはならない。
いつも淡い紅色の唇が、血色の悪い紫色でしかないことに焦燥感が増す。
ぎゅっと抱きしめて、どうかこの微かな温もりが消えてしまわないでくれ、と神に祈った。
気が遠くなるような長い時間が過ぎていき、頬に赤みが戻ってきたのを確認できたときには、深い安堵の溜め息と共に涙が出そうだった。
気がつけば、もう嵐はおさまりつつあって、朝日が昇る直前のころ。
「カ・カシ?」
いつものあの変なアクセントで呼ばれる俺の名前。
まるでそれだけが本当の呼び方だと思えるようになった特別な名前。
イルカがいなくなれば誰も呼ぶことなどない発音。それがまた聞けたことが嬉しい。
「カ・カシ、悲しいの?」
そう聞かれて、ぽたりと落ちる涙に初めて気づいた。
「違うよ。嬉しいんだ」
短く答えると、心配げな瞳は数回瞬いた後、柔らかく微笑んだ。
「イルカが生きていて嬉しいよ」
「俺もカ・カシにまた会えて嬉しい。もしかしたら、もう会えないかも……って」
「うん」
「海は暗くて怖かった。でもカ・カシに会えなくなる方がもっと怖かった」
「うん」
馬鹿みたいに頷くことしかできなかった。ぎゅうぎゅう抱きしめながら。
しばらくそうしていたら、どこかで微かに声が聞こえた。
「……んせー!」
だんだんと声が近づいてきている気がする、と思っていたら。
「イルカ先生ーー!カカシ先生ーー!」
ナルトの声だ。
声がちょっとだけ泣きそうなのは、朝早くからずっと探し続けて見つからないせいかもしれない。
船が遠くに見える割には、声が大きいからよく聞こえる。そう思って少し笑いが漏れた。
「行こうか。立てる?」
イルカは嬉しそうに笑って頷いた。
よたよたとなる身体を支えながら歩き出し、大きく大きく手を振った。ここには俺もイルカもちゃんと存在していて、何も欠けていないということに満足しながら。


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