ヒリヒリと痛んでいた日焼けは、薬のおかげでほとんど完治していた。
カラになったココナッツの器を抱えながら、ぼんやりと日中を過ごす。
「日焼けはよくなったようね、はたけさん」
突然声をかけられて、ゆっくりと声がした方角を見遣る。
世話になっている村長の大蛇丸だった。
たしか年齢は50歳と聞いていたが、とてもそうは見えない。
なぜか女言葉で話す。
初めは、言葉を習った人が女性で、それが身に付いてしまったのだろうと思っていた。
聞いてみるとそうではなく、自分で好んで女言葉を使っているのだという。
髪は黒いのに反して、不思議と肌はあまり焼けていなかった。
ああ、イルカはもう少し焼けていたっけ。
そこまで考えて頭を軽く振る。
何を見てもイルカのことを考えてしまうなんて。
「あら、それ……イルカの薬じゃない?」
器の近くで鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
その言葉に驚いた。
「え、イルカを知ってるんですか!」
「そりゃあ村長だから、島民全員の顔と名前は知ってるわよ。でも運がいいわね、あなた。イルカの薬はよく効くので有名だけど、なかなか手に入らないから」
「どうして?」
「人気があるからねぇ。そのうえ人見知りが激しいから、あの子。すごく可愛いのに、残念だわ」
なにが残念なんだ、なにが。
と思ったが、それよりも人見知りが激しいと聞いて不思議だった。
そういえば、どうして薬をくれたんだろう。
わざわざ近寄ってきて、あんな風に笑って。
「小さい頃に両親が亡くなってから、一人で暮らしてるの。薬草を集めて作った薬を売って、ほそぼそと生きてるのよ。いつも私の養子にならないかって誘ってるんだけどねぇ」
聞いてもいないのに喋りだす村長の性格は、今は有難かった。
少しでもイルカに関することを知りたかったから。
「あの子の泳ぐ姿を見たことある?
そりゃあ綺麗なんだから。海の申し子のようにね、泳ぐのよ」
『海の申し子のように泳ぐ』
見てみたい、と思った。
きっと綺麗に泳ぐのだろう、同じ名前を持つ動物のように。
あのエメラルドグリーンの海を渡っていくのだろう。
また会いたいなぁ。
どうしたらまたイルカに会えるだろう。
考えるのはそのことばかりだった。
会ってどうするつもりなのか自分でもよくわからないのに、それでもその欲求はどんどん強くなっていった。
「イルカだったら、あっちの岬とか海岸でよく見かけるわね」
「ありがと、村長」
「どういたしまして。島のいいところは全部見ておいてちょうだい。リゾートにはもってこいだから」
住んでいる家も教えてはもらったものの、夜にならなければいないらしいと聞いて、探しに出かけることにした。
村長は俺が本気でリゾート開発の調査に来ていると疑ってないらしい。
かなり乗り気で、協力的だった。
どうせ会社は本気開発なんて考えてないだろうから、本当のことを言っておかないと悪いかな、とは思ったが、それで泊まる家がなくなるのも困りものだった。
帰国するときに言うしかないか、と結論を出して海岸に向かった。
その日の俺は本当に運が良く、透明な水面に黒いしっぽを見つけることができた。
「イルカ!」
泳いでいるから声は届かないかもしれない。
そうは思ったが、今これを逃せば遠くへ行ってしまいそうだった。
焦りにも似た気持ちが胸の中を渦巻き、何度も名前を叫ぶ。
切羽詰まった祈りが通じたのか、ふとその黒い生き物は泳ぐのを止め、広い海原にぷかりと浮いたまま辺りを見回した。
「イルカ!」
もう一度名前を呼べば、ようやくこちらに気づく。
「カ・カシ」
嬉しそうに俺の名前を口にし、まるで魚みたいに水面をすべるように近づいてくる。
心臓の音がやけにうるさいのは、どうしてなんだろう。
燦々と降り注ぐ太陽の下、そんなことを馬鹿みたいに考えていた。
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2002.07.27 |