次の日、いつもの木の下でイルカを待っていると、ミズキが寄ってきた。
「やあ、はたけさん」
昨日とは打って変わって、にこやかに声をかけてくる。
俺は会釈だけで挨拶はしなかった。
「今日もイルカと待ち合わせ?」
しつこく聞いてくるのでしゃべらないわけにもいかず、仕方なく答えを返す。
「そうだよ」
「へぇ」
それは妙に癇に触る言い方だった。
「毎日、毎日、会ってるんだ」
噛み締めるようなゆっくりとした言い方に、悪意を感じた。
いつもの口調とは違う少しくだけた物言いが不快感を倍増させる。
こいつ、二重人格じゃないだろうか。
ふとそんな連想が頭をよぎった。
「ああ。約束したし」
そう答えると、ミズキはくくくと意地悪く笑った。
不愉快な男だ。
「馬鹿だな、アンタ。イルカは村長に頼まれたから一緒にいるんだよ。この島を発展させるためには、アンタに気分良くなって帰ってもらわなきゃな。真面目なヤツだから、恋人の俺をほっぽってさ」
え。
恋人?
村長に頼まれた?
なにそれ。
だって俺の髪に触りたかったって言っていたのに。
一緒にいると、あんなに嬉しそうに笑うのに。
そんなのってない。
ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
頭の中が真っ白になって、どうしていいかなんてわからなかったから。
「カ・カシ!」
イルカが約束通りの時間にやってくるのが見えた。
頼まれたなんて、何かの間違いだと思う。
だって近づいてくるイルカは楽しそうに笑っていたから。
「でもよかったよ、言葉教えてくれてさ。イルカも俺のためにしゃべれるようになろうなんて可愛いよね」
イルカがもう目の前に迫った時、耳元にひそりと囁かれた。
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
あのはにかんだ笑顔。
それはすべてミズキに向けられたものだったなんて。
「カ・カシ?痛い?」
どこか痛いのかと心配そうに聞いてくる。
そんな顔をしているんだろうか。
今にも死にそうな?
痛いよ、全部。
なにもかもが痛くて、立っていられない。
触れてこようとするその手を振り払って、俺は駆けだした。


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2002.08.08


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