「それは何じゃ」
「南の島を一つちょうだい」
そうだよ。どうして思いつかなかったんだろう。
あの島が俺のモノになればいいんだ。
ずーっとあの島で、二人で暮らそう。
あの楽園で。
「この前まで開発調査をしていた島か?しかしあの島には大した価値もないんだぞ」
「いいんだよ。俺にとっては何よりも価値があるんだから」
「そうまで言うなら、その島はお前にやろう」
「ありがと。アンタ結構いい人だね」
素直に感謝の言葉を口にすると、相手は少し驚いたように目を見開いた。
「お前がそんなことを言うとは思わなかったな」
確かにそうかもしれない。
少し前までの俺なら、きっと口にするどころか心の中で感謝することすらしなかっただろう。
「アンタも南の楽園に住むと人生変わるかもよ?」
「ふむ。そうかもしれんな」
実体験者の言葉は説得力があったのだろうか。それ以上は何も聞いてこなかった。
それから具体的な島の購入法を話し合った。
すべて話が終わった後。
「俺は産まれてきてよかったと思ってるし、感謝してる。だからアンタが気に病むことは何もない」
「そう言ってもらえると肩の荷が下りた気がするな」
「せいぜい早く死んで、俺の母親に会いに行ってやってよ」
きっと待ってるだろうから。
そう言うと楽しそうに笑って頷いていた。
簡単な別れの言葉を交わしてから邸宅を後にする。
もう何の未練もなかった。
島の権利を手に入れる手続きが済むまでどうやって過ごすかだけが、俺の唯一の心配事だった。


+++

船の上から夢にまで見た人物が海を泳いでいる姿が見えた。
深く透明なラグーンのブルーの中に、ぽつんと存在する小さな生き物。
けれどそれがどんなに小さかったとしても、必ず見つけてみせる自信があった。
「イルカ!」
何回か声を張り上げて、ようやく気づいてもらえた。
水面に浮かぶ黒い瞳が俺の姿を認識する。
ただそれだけのことが嬉しくて堪らない。
「カ・カシ」
もう、その声以外で呼ばれたくなかった。
俺の本当の名前。
それを呼べるのはイルカだけ。
堪らなくなって、船から海に飛び込んだ。
服を着たまま泳ぐのはかなり辛くて、なかなか進まずもどかしい。
けれどその分イルカが泳いで近づいてきてくれたので、距離はすぐに縮まった。
ぼろぼろと涙を流しながら抱きつかれて、胸が痛んだ。
「ただいま」
そう耳元に囁く。
「お、おかえり…なさ…い」
たどたどしく言葉を紡ぐのは、きっと慣れないせいじゃなく泣きじゃくりそうなのを我慢しているからだ。
「イルカ。一緒に暮らそう」
何を言われたのかよくわからない、という表情をした。
言葉の意味が理解できないわけではなく、どうしてそんなことを言うのだろうと疑っているのだ。
「愛してる。ずっと俺の側にいて欲しい」
「本当に?」
「本当に。イルカが嫌じゃないと嬉しいよ」
「嫌じゃない!」
「じゃあ、決まりだ」
「ずっと一緒?」
「この島で死ぬまで一緒に」
イルカは涙を流しながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい…カ・カシ、愛してる」
空との境目がわからないほどの蒼い海の中、二人は誓いのキスを交わした。


君よ知るや南の島。
風に雲。
空に虹。
海に映る月と星。
光と花と。
珊瑚礁に包まれたエメラルドの島。
この地上最後の楽園でともに暮らそう。
愛しい人といつまでも。


END
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2002.08.31


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