【恋はあせらず1】


俺、はたけカカシは只今現在恋をしている。
ああ、春だなぁ。
ポカポカと暖かい日差しを受けながら、ぼんやりと思う。
その人に初めて会ったのは社長室だった。
普通はやらないだろうが、俺くらい優秀な実績があると、海外支社から戻ってきたときに社長に直に会うらしい。そしてお言葉を賜るという栄誉に浴するのだ。
別に年寄りじじいのお言葉など聞きたかないが、そこは悲しきサラリーマン。上のご機嫌を損ねることは出来うる限り避けるのが常識である。
社長室を訪れると、ちょうど社長はいないらしく、沈んでいきそうなくらいフカフカのソファーに座らされ待ちぼうけを食らった。
あーあ、タルいなぁ。早くじいさん来ないかなー。
退屈のあまり、心の中で文句を言ってると、
「どうぞ」
とお茶を出される。
顔を上げると、そこには黒い瞳が微笑んでいた。
「秘書課のうみのです。粗茶ですが」
かっ、可愛いー!
にっこりと微笑んだその眼と唇、その仕草、何もかもが。
ネクタイしてる男がそんなに可愛いってどーゆーこった!
そんな抗議も虚しく、すでに俺の心は奪われていた。
一目惚れだ。
はっと気づいて、だらしなく投げ出していた足をぴっちりと合わせ、背筋を伸ばした。
「俺は今度営業一課に配属されるはたけカカシです!」
「すみません、社長はもうすぐ戻られると思いますから」
「いえ、社長もお忙しいんでしょう」
さっきまで呼びだすなんて面倒くさいじいさんだと思っていたが、今は感謝すらしている。
そうでなければ、この人に会っていなかったかもしれないのだから。
「はたけさんはロスから戻ってこられたんですよね」
「はい、そうです」
「社長から聞いてます。すごく優秀な方だって」
「いえ、そんな…」
実際はそうだけど、一応謙虚に否定してみる。
ありがとう、じいさん。もっと誉めておいてくれ!
かなり真剣に念じた。
それから二人でしばしロスの話で華を咲かせた。
可愛いだけじゃなくて頭の回転のいい人で、性格美人なのだ。
博識でどんな話をしても楽しい。
そんな会話を楽しんでいたら、
「ネクタイ曲がっていますよ?」
と指摘された。
「ネクタイってあんまり締めないから上手くできなくて。ロスはノーネクタイ推奨なんですよ」
「ああ、そうなんですか。これから毎日大変ですね。じゃあ、俺が結んでみましょうか」
「お、お願いします!」
実はネクタイの結び方など知ってはいるが、そこは千載一遇のチャンス。
結んでもらうため、俺は立ち上がった。その方が視線がほとんど同じでいいだろうと思ったからだ。
目の前に顔が近づいて、手が触れてくる。
拳を握りしめ、息を詰めてそれを見守った。
「あれ?前から結ぶのって、いつもと逆だからわからないかも…」
いやいや、本当に結ばなくても全然OKです。
と思いながらも、さすがに声には出せなかった。
目の前では、言い出したからには何とか結ばなくては、と責任感でいっぱいにネクタイを弄っている人。
その一所懸命さに思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
「そうだ!ちょっとすみません」
いいことを思いついたという風に、ぱぁっと顔が輝いた。
どうするつもりなんだろう、と楽しみに見守っていると。
俺の背後に回り込み、脇の下から伸ばされた手がネクタイに絡んだ。
う、後ろからー?後ろからー!?
背中に当たる身体の体温と、脇を締めてくる腕の力に眩暈がしそうだ。
「こうやって、こうして、こうすれば完成です。わかりますか?」
いえ、全然見てませんでした。
本人は真剣に教えようとしてるのだろうが、そんなのを見ている余裕はなかった。
「も、もう一回いいですか」
「じゃあ、もう一回始めから」
嫌な顔ひとつせず、ネクタイを解き始めた。
耳元にかかる息。
首筋をかすめる髪の感触。
うわー、どうしよう!ヤバイ。勃ってきたよ。
こんな密着していてはマズイ。
かといってどうしようもなく、仕方なくしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうしました?」
いきなり座り込んだ相手をおろおろと心配してくれるのは嬉しい。
嬉しいが、今はちょっと放っておいて欲しいと思った。できればこの場から走り去ってしまいたかった。
「大丈夫ですか」
「いえ、今立ち上がると非常にマズイ状況でして」
「はい?」
俺としたことがあれくらいで。
やっぱり好きな人というのがポイントだったらしい。


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