結局食べた気など全然しないままラーメン屋を後にした。
ラーメンごときで疲労していてどうする! これからメインの映画じゃないか。
気合いを入れて映画館に入る。スクリーンが正面に見えて全体を見渡せる後ろの方の席がよいだろうと思い、そこに二人並んで座った。
が、始まってみれば映画はつまらなかった。どうしようもない駄作だった。
大金をかけて製作してコレとはどういうことだ。
TVなんかでやってるCMは面白そうに見えたのだ。しかし、あれは数少ない良いところばかりを集めたものだったらしい。それ以外のシーンは何のみどころもない。あまりのつまらなさにスクリーンを観ていると眠気が襲ってきそうになる。
最悪だ。どーすんだよ、これ!
デートとしては大失敗。こんなの誘った俺の趣味が疑われるじゃないか。
イルカさんの反応が気になり、そっと隣の席を窺うとうとうとと船を漕いでいる。
ほら、寝てるじゃないか!
ああでも、きっと疲れてるのもあるんだろうな。真面目なイルカさんのことだから、じいさんの我が儘なんかもちゃんと叶えようと努力していそうだ。
それならこんなつまらない映画のために起こすよりも、ゆっくり眠らせてあげた方がいい。俺にとっても駄作を観ているよりも、イルカさんの寝顔を拝んでいた方がよっぽど有意義に過ごせるというものだ。一石二鳥。
とりあえずポジティブに物事を捉えることにした。
無防備な寝顔。真っ直ぐなまでの黒い瞳が瞼の奥に隠されていて、普段より幼く見える気がする。
こんな姿、なかなか見られないだろうな。今は俺だけの特権。
あまりの幸運に震え出しそうだったが、目が覚めると困るのでじっと我慢した。
そんな時、すやすやと寝ていたイルカさんの頭がことりと俺の肩に乗っかってしまった!
ええええ!
すごい密着度じゃないか。
心臓がばくばくと音を立てるのが聞こえ、起こしてしまわないかと心配だ。
だが、心配に反して目覚める気配はなかった。むしろ気持ちよさそうに眠っている。
ごくうっすらと唇が開いていて、まるでキスを強請っているように見えた。もちろん、そんなことはありえないのだが。寝てるだけなんだから。
ああ、キスしたいな。
駄目だ駄目駄目。こんな騙しみたいな真似をしてイルカさんに申し訳ないだろ!
でも眠ってて気づかなければちょっとぐらい大丈夫じゃないか。ほんのちょっとだけ。
どうしてもその誘惑に勝てなくて、ふらふらと顔を近づけていく。
息がかかる距離まできた瞬間。映画館の照明が眩しいくらいに明るくなった。
なんと、いつの間にか映画が終わっていたのだ。
つまらなさすぎて音さえ耳に届いてなかったから気づかなかった。どうせならもう後五分長く上映しておけよ、なんて役立たずの映画だ!
ぎりぎりと奥歯を噛みしめていると、イルカさんが目を開いた。
「あ、ごめんなさい。眠ってたみたいで……」
恥ずかしさから頬を染めるイルカさんは激烈に可愛かった。まだ眠気から醒めないのかしきりに眼を擦る姿も愛らしい。
もう今日はこれぐらいで勘弁してあげるから、次は覚悟しておいてくださいよ!と口には出せない強気の発言を胸にしまいながら笑顔で答えた。
「俺の方こそ、つまらない映画に誘っちゃって……よく眠れました?」
「すごくぐっすりと……本当にすみません」
「いいんですよ、どうせタダ券だったんだし。今度はもっと面白い映画を見つけてきますから、一緒に行きましょ」
「はい、ぜひ!」
にこっと笑顔で良い返事が聞けたので、初デートとしてはまあまあだったかもしれないと思ったのだった。
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2008.08.09 |