そこは事前に聞いていたとおり、こじんまりとした小さな店だった。
むしろやってるのかと疑いたくなるような古ぼけた外観。唯一、かかっているのれんがかろうじて営業中の証だった。
「お。いらっしゃい、イルカちゃん」
のれんをくぐると、ラーメン屋のオヤジが親しげに話しかけてくる。
イルカちゃんー!?
馴れ馴れしすぎだろ、このオヤジ!
「親父さん、いつもの」
「あいよっ」
イルカさんはカウンターに座りながらメニューも見ずに頼み、オヤジは打てば響くように応えた。そんな馴染みの店ではあたりまえの関係にもヤキモキする。
「カカシさんはどうします? ここは醤油も塩も味噌もどれでも美味しいですよ」
「あ、俺も同じのをっ」
慌てて答える。悔しかったから、せめてその『いつもの』を味わわなければ気が済まない。
しばらくして出てきたのは醤油ラーメンだった。
「醤油で麺固めの葱たっぷり。これが一番美味しいんですよ」
こっそり内緒話のように耳打ちされて、ドキドキがとまらない。
しかも今になって紅の言葉を思い出し、汁を飛ばさずにラーメンを食べるにはどうすればいいのかという難関が目の前に待ちかまえていることを知った。
もうラーメンを味わうどころではない。
目標は、慎重にかつちまちませず豪快に、そして爽やかでスタイリッシュに食う。
そんな食い方できるもんかー!と自分で設定した目標にツッコミを入れつつ、おそるおそる麺を啜った。
幸い汁は飛ばなかった。たぶん見た限りでは。
「お、美味しいです」
「でしょう?」
というやりとりはあったが、実際俺に美味しいのか不味いのか判断する余裕はない。それどころではなかった。
「暑い時にあっついラーメンを食べるのがいいんですよねぇ」
イルカさんは額に汗を滲ませつつ麺を啜っている。
実に美味そうに食べる姿を見て、ああ本当にラーメンが好きなんだなと思った。普段より笑顔が三割り増しな気がする。
そうなるともう隣が気になって気になって仕方ない。
食べ進めるうちにイルカさんがネクタイに手をかけるのを見て、どうしたんだろうと注目していると。なんとネクタイを緩めたのだ!
そうとう暑さを感じていたのだろう、第一ボタンまで外し始めた。鎖骨が見えそうで見えない微妙な開き具合。
うわ、そんなエロい格好でラーメン食うなんて!
堪えていなければラーメンに鼻血が垂れそうだ。いや、それはマズイ。非常にマズイ。もちろんラーメンが不味いわけでは決してない。
手元のラーメンを食べるのも忘れてじっと凝視していると、不審げな視線が返ってきたので慌てて麺を食べきることに集中することにした。
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