いくらなんでも五人相手では、とカカシも心配したが、それはいらぬ世話だったらしい。
軽くひらめいた手が吸い込まれるように相手の急所に入る。
軽いと思われた手刀や拳は、意外と重いらしく敵は怯んだ。
強い。
暗部というだけあって、それはもう。
まるで舞を舞っているかのような攻撃。
ひらりひらりと翻るあの魔法の手は、水が流れるように。
二本の足は、風が切り裂くように。
次々と繰り出される攻撃の前に、自然の理だというように倒れていく影。
それはとても綺麗で、ただ感嘆と共に惚けて見ていることしかできなかった。
自分たちの不利を悟り、カカシに目をつけた忍びがいた。
中忍程度ならなんとかなるだろうから人質に取ろうという、やけくそ気味な考えだったが、現状を打破するには唯一有効な手だった。
「あっ」
隙をついてカカシに向かっていく忍びにイルカが気づいた時には、もう遅かった。
間に合わない、と思ったその瞬間。
忍犬が敵の顔面に襲いかかり、その隙にカカシのクナイが閃き、勝利を収めた。
もうすでに無事に立っている敵は、誰一人としていなかった。
慌てて駆けつけたイルカは、泣き出しそうな顔をしていた。
「怪我はありませんかっ」
「大丈夫です。イルカ先生こそ」
「俺は大丈夫です。この犬は…」
「俺の可愛い忍犬です」
「そうだったんですか。よかった!」
イルカは犬の頭を撫でてやり、よくやったな、と労ってやった。
忍犬は満足そうにしっぽを振り、撫でられ続けるご褒美が気に入ったようだった。
「こいつらは一体…」
カカシは、疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「なんか下忍の担当になるために暗部を辞めたのが、変な噂になってしまったみたいで。再起不能の怪我を負ったとか、もう以前のようには動けないとか。そのせいか最近、狙われることが多いんです。すみません、ご迷惑をかけてしまって……」
そう言ってイルカは顔を歪めた。
「大丈夫ですよ。俺も忍びですから、これぐらい。それよりもイルカ先生の方が大変みたいだ」
「そんなことは…」
「警備の方への連絡は忍犬にさせますから、もう帰りましょう」
「でも…」
「今日は早く寝ないと、明日子供達の体力についていけなくなりますよ」
カカシがそう言って茶化すと、ようやくイルカの顔にも笑顔が戻る。
「そう、ですね。なんと言っても初めての任務ですからね」
それからカカシの家まで二人で歩いた。


「おやすみなさい。明日、みんなと一緒に受付の方に迎えに行きますから。初任務完了のお祝いしましょうね」
「はい。楽しみにしてます。おやすみなさい」
背筋がピンと張った後ろ姿が見えなくなるまで、カカシは立ち尽くしていた。
影すら見えなくなり、ようやく目に入った夜空の星は、まるであの人のようだと思った。
手を伸ばせば触れることだってできそうな気がするのに。
実際それは不可能なことなのだ。
だって、遠い遠いところに存在するのだから。
上忍なんてそんなものだ。
今まで考えたこともなかったけど、星なんてただ見るだけしかできない、と気づく。
普通は見てるだけで満足するものなのだ、と。
少し悲しくなって吐いた溜め息は、まだ辺りを漂っているような気がした。


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2002.09.14


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