【さかしまの国10】


家の中にあがってくれと誘ったものの、落ち着いてよく考えてみれば部屋の中は散らかり放題だったとカカシは気づいた。慌ててそこら辺にあるものをひっつかんで片づけようとしたが、イルカに止められた。
「こんな時間にお邪魔したのは俺なんですから、お気遣いなく。座れる場所さえあれば大丈夫ですから」
「す、すみません」
失敗だ。こんなことなら普段からきちんと片づけておくべきだった。そうすれば、こんな恥ずかしい思いをすることもなかった。
もっとすっきりとした部屋ならば、イルカも好印象を持ってくれたかもしれないのに、とカカシはガックリと肩を落とした。
これからは小汚いこの部屋ももう少しまともに見えるように、こまめに片づけようと心に誓う。
しかし、それよりもさきほどからのイルカの様子が気になった。


カカシはなけなしのお茶葉を使ってお茶を入れ、もちろんお茶菓子などあるはずもなく、テーブルの上に出した物は粗末な湯飲みが二つだけだった。
熱いだけが取り柄のそれを啜りながら、どちらからともなく口を開いた。
「久しぶりですね、こうして顔を合わせるのも」
「そうですね。帰ってくるのがすっかり遅くなってしまって……カカシ先生は子供たちのことが心配だったんじゃありませんか?」
いつもより曇りがちな笑顔で尋ねてくるイルカ。
「実は毎日心配してたんです」
「やっぱり。そうじゃないかと思ってました」
「あいつらがイルカ先生に迷惑をかけてないかと、もう心配で心配で……」
カカシは少し芝居がかった様子で額を押さえた。
「ぷっ。そんなことありませんよ。みんなよくやってくれました」
吹き出してようやく笑顔になったと思ったのもつかの間、イルカの表情はまただんだんと沈みがちになっていく。
「本当に。俺一人だったらどうなっていたか……」
伏し目がちになり、イルカの瞼が少し震えているような気がして、カカシはハッとした。
「何かありましたか?」
できるだけそっと、あまり刺激しないように聞いてみる。
イルカはといえば、少し沈黙を保った後にようやく重い口を開いた。
「本来であれば、任務内容を他に漏らすなんてことは許されないことですが。今回はナルトのこともありますし、火影さまの許可も貰っているので、全部お話しします」
そう言って、最初から説明しだした。
タズナの依頼には嘘があったこと。他里の忍者の攻撃を受けたこと。一週間は身動きをとれずに待機していたこと。
そこまで聞いて、カカシが思わず叫んだ。
「イルカ先生、怪我されたんですかっ」
「いえ、タダのチャクラ切れです。お恥ずかしい」
「タダのって……上忍のチャクラ切れなんてそうそうあるもんじゃあないでしょう」
カカシは背筋に寒気が走った。
霧隠れの百地再不斬といえばビンゴブックにも載る鬼人だ。そんな忍び相手に依頼人と下忍を庇って戦うのは、至難の業だっただろう。チャクラ切れ程度で済んで幸いだったと言える。
「本当にナルトたちが頑張ってくれたおかげです」
少し頬を紅潮させながら、イルカは嬉しそうに誇らしげに語った。
それをカカシは微笑んで眺めていた。
「みんな頑張りましたね」
「ええ。すごく」
「頑張った中にはイルカ先生も入ってるんですよ」
「俺も…ですか?」
イルカは意外だという風に目を見開いている。
「そうですよ。ちゃんとみんなを守ってくれたんでしょう?」
彼にとってはそれは当たり前のことで、頑張ったという意識などないのかもしれない。
それでも。
とカカシは思う。
どれだけ力を尽くしてくれたかは、見なくてもわかるような気がした。
イルカは恥ずかしそうに顔を伏せ、
「……でも」
と、再び話の続きを話し始める。
それから再びの襲撃。血継限界の子供の話。サスケの怪我。ナルトの中の九尾が危うく出現しそうになったこと。
「へぇ。それじゃあナルトはサスケが死んだと思って?」
「ええ。一時呼吸が止まっていたのは確かのようです」
「そうか。仲間のことで発奮するなんて、あいつもなかなか……」
「はい。しかも、自力で九尾を押さえ込んでいた、と俺は推測します。実際それを見ることができたわけではないのですが、三代目にもそう報告しました」
それはカカシにとってもイルカにとっても、明るいニュースだった。
ナルトが自分一人で九尾を自在に操ることができるようになれば、里の連中も目を瞠ることになる。ナルトのことを認めてくれるようになるかもしれない。二人ともそう望まないではいられなかった。
しかし、それならば、なぜイルカの表情は優れないのかとカカシは思った。
もしかしたら、そのときに怪我をしてそれがまだ痛むのだろうかと心配し、イルカが早く理由を話してくれないかとヤキモキしてしまう。でも、急いては事をし損じる。イルカが話そうと思うまでは催促してはいけない。
そう考えて、じっと待つつもりのカカシだった。


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2004.01.24


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