「カカシのお父さんがね、昔テキヤをしていたんだけど……テキヤってわかるかしら?」
「いえ……すみません」
「謝ることなんてないのよ。普通の人とは関わりのないことだものね。テキヤっていうのは、上手く言えないけど、お祭りで物を売る露天商と言えばいいのかしら」
「あ、はい、わかりました」
「けっこう柄の悪い連中も多くてヤクザに間違われるけど、基本的には違うのよ。運営・企画だって取り扱っているから、テキヤがいないとお祭りだって成り立たないし……」
お嬢様育ちのイルカが誤解をしてはいけないと、紅は説明をつけ加えた。
「……で、うちの人はテキヤとして働いていたんだけど、大先輩に当たるカカシのお父さんが『テキヤを引退して団子屋をやる』っていうんで、その心意気に惹かれて一緒についてきたの。まあ、そのころからアスマとカカシはけっこうつるんでいたから……あ、じゃなくて、一緒にいたから義理の兄弟みたいなものなんだけど」
イルカはうんうんと頷きながら、興味深そうに聞いていた。
「せっかくお店を持ったんだけど、しばらくしてお父さんは亡くなってしまって……まだその頃はカカシは若くて、団子屋なんてやらずにテキヤになるって言い張るものだから、うちの人がこの店を引き継ぐことになったってわけ」
「そうだったんですか」
そんなことがあったとは知らなかった、とイルカは驚きを隠せないようだった。
「だから本当の叔父と甥じゃないのよ。カカシは昔の名残で私のことを『姐さん』なんて呼ぶけどね」
「姐さん?」
「兄貴分の奥さんを呼ぶ呼称ね。姉のことではないの」
カカシの呼ぶ『姐さん』はてっきり『義姉さん』だとイルカは思っていた。『叔母さん』と呼ばれたくないだろう紅のためのカカシの配慮だと。なるほどそういうこと意味があったのかと納得して頷いた。
それに、たしかにアスマとカカシは仲が良い。叔父甥の関係だけではなく気の置けない親友のような雰囲気があるとイルカは思っていたが、それはあながち間違いではなかったようだ。
「なんだかつまらない話を長々しちゃったわね」
「そんなことありません!おうちの事情が聞けてよかったです。まさかカカシさんには直接聞けないから……」
イルカがそう言うのを聞いて、紅は一瞬、あら?というように眉が上がった。しかしそんなことはおくびにも出さず、なんでもないように話を続ける。
「聞いたらカカシだって答えるわよ」
「カカシさんは誰にでも優しいから答えてくれるかもしれないけど。でも、気が進まないことを聞くのは……」
などとイルカは言う。
カカシが誰にでも優しいなんて聞いたこともない、と紅は吹き出しそうだった。が、それは多大な努力を費やし我慢を重ねてやり過ごす。
優しいのはイルカちゃんにだけなのにね。
そう言いかけたが、紅は余計なことは言わなかった。
「たいした過去でもないわ。今度本人に聞いてみたらどう?」
「ええ……」
躊躇うイルカに、これ以上追求するのはよくないかもしれないと、紅は話題を変えることにした。
「そういえば、昔は団子屋をするなんて考えたこともなかったけど。でも、うちの人は見た目はゴツイけど結構手先は器用なのよ。研究熱心だし。この団子だって美味しいでしょ?」
団子屋は天職かもよ、と紅は笑って言った。
「はい、すごく美味しいです。こんな美味しい団子は今まで食べたことありません」
イルカがいつもの笑顔でそう誉めると、紅は満足そうに頷いた。
「うちの人、かっこいいでしょ?優しいしね」
と紅は自慢げに言う。
「でもね、惚れたら駄目よ。私のなんだから」
「はい。気をつけます」
紅の冗談めかした本気の言葉に、イルカはくすくすと笑いながら頷いていた。
そんな話をしている女二人をこっそりと窺っているのは、もちろんというか当然というかカカシその人だった。話の内容までは聞こえないというのに、ただイルカの姿を見ているだけでも充分幸せそうだ。
いつまで経っても柱にしがみついているカカシに、シビレを切らしたアスマは呆れた表情で注意する。
「おい、カカシ……いい加減仕事しろ、お前は」
しかし、カカシが素直にそれを聞くはずもなかった。
「うっさいな、髭。こっちはそれどころじゃないんだよ。イルカさんを見守るのに忙しいんだからな」
「こっちだってそれどころじゃねぇんだぞ」
店が空いている間だって団子は作っておかなくてはならない。遊んでいる暇はないのだ。
「お、お前っ。たかが団子とイルカさんとどっちが大事なんだ!」
口から泡を飛ばさんばかりに食ってかかるカカシに、アスマはやれやれと肩をすくめた。
「もちろん俺だってイルカのことは家族のように可愛いと思ってるさ。だが、お前が仕事しない理由にはならねぇよ」
「イルカさんのことを『可愛い』だって!」
「いや、そこだけに反応すんな」
過剰に反応するカカシにうんざりしながら反論したが、無駄だった。
「この髭め。妻のある身でイルカさんに何をしようって言うんだ!」
「だから何もしねぇよ。お前はちゃんと仕事しろ」
それでもまだ納得しないカカシに、
「イルカは仕事を真面目にしない人間なんて嫌いかもなぁ」
と呟くと、カカシの態度は劇的に変化した。
「さぁ、髭熊。この行楽日和に、ひたすら勤労にいそしもうじゃないか!」
その切り替えの良さは長所なのか?そうなのか?とアスマは心の中で問いかけ、ため息をついた。 しかし毎日がこれでは仕事にならない。
「カカシ。お前は早くいっぱしの団子職人になれ。のれん分けしてやるから、とっとと出てってくれねぇかな」
「ああ?何言ってんだ。俺がイルカさんの側を離れるわけないだろ」
それもそうだ、と言ってしまった本人も深く深く納得したのだった。
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2004.05.30初出
2009.04.18再掲 |