そんな毎日を過ごしていた団子屋『案山子屋』の人々の前に、訪ねてくる人物がいた。
「ごめんください」
ひょろりと細い体型に、丸い黒眼鏡をかけたスーツ姿の男だった。店に入ってくるその姿に気づいて、イルカが呆然と呟いた。
「エビス兄さま」
「あー、ムッツリスケベだぁ」
ナルトが店の奥から顔を出して叫ぶと、
「ナルト!そんなこと言ったら駄目でしょう」
とイルカが慌てて嗜めるが、ナルトは特に気にした風ではなかった。
エビスはといえば、こほんと咳払いをした後に話し始めた。
「元気でやっているかと思ってね」
「わざわざ様子を見に来てくださったんですか?ありがとうございます。座ってください。今お茶をいれますから」
イルカが嬉しそうに椅子を勧めると、エビスは嫌そうに顔を顰めながら椅子に座ろうとして驚いて飛び上がった。
「お茶をいれるって、まさかイルカがお茶をいれるんですか!」
「はい。最近では少しは美味しくいれられるようになったんですよ」
「な、なにを言ってるんですか。熱湯で火傷したらどうするつもりです!」
エビスはくるりと向きを変えると、アスマたちに強い口調で言い放った。
「あなたがたもあなたがただ。イルカに少しでも危険な真似はさせないでいただきたい!」
言い終わると、眼鏡のフレームをくいっと人差し指で押し上げながら、ふんっと鼻を鳴らした。
カカシが目を白黒させながらナルトの脇をこづくと、
「ムッツリスケベはイルカ姉ちゃんに対して超カホゴなんだってばよ!」
と相手にも聞こえるように答える。
「過保護ねぇ」
アスマは煙草の煙を吐きながら、過保護過保護と繰り返していた。
「えーっと、エビスさんとおっしゃる?今日はいったい何の御用でいらっしゃったんですの?」
紅のこめかみが少しだけひくひくと動いているのを見てしまったイルカ以外の全員が、彫像のように凍りついたのは言うまでもなかった。
「それはもちろん、イルカにそろそろ家に帰ってきなさいと言いに来たんですよ」
エビスはさすがイルカの兄と言うにふさわしいくらい鈍く、その場に漂う雰囲気にも気づかないようだった。そんなところはなるほど兄妹か、と納得のいくところだ。
「エビス兄さま。だって私は……」
「もういい加減、物珍しい下々の暮らしにも飽きた頃でしょう。幸い、婚約者になる大蛇丸氏は寛大なお方で、しばらくここで暮らしてもいいとおっしゃってくれましたが、あれからもうずいぶん月日も経ちました。あんまりお待たせするのも先方に悪いですからね。もうそろそろ家に帰って花嫁となる準備をしなくては」
「そんな!」
イルカは悲痛な叫び声をあげ、目には涙も浮かんでいた。
「そうそう。もう一つ大事な用事がありました」
急にエビスが店の外へ出て、誰かを呼び、連れ立ってまた入ってくる。
「イルカ。こちらが大蛇丸氏ですよ」
そう言って紹介された人物は、一目見て高級だとわかるスーツを着こなし、なぜか髪を長く伸ばした謎な雰囲気を醸し出す男だった。
「こんにちは、イルカ。会えて嬉しいわ」
言葉遣いも丁寧だが女言葉というのがまた普通ではない。
笑顔なのに目が笑っていなくて、怖いとイルカは感じた。
大蛇丸は店の中を一瞥し、ハンカチを取り出して口を覆った。
「ああ、嫌だ。埃っぽい所は嫌いなのよ。いつまでもこんなウサギ小屋みたいなところにいないで、早く私の屋敷にいらっしゃい、イルカ。お人形さんのように大事に大事にしてあげるから」
まるで自分は寛大な人間だと示すように腕を広げて、イルカに一歩近づいた。が、イルカはその分一歩後ずさってしまう。
「さあ、イルカ。大蛇丸氏もこうおっしゃっているんだから」
エビスは強引にイルカの手を取り、引っ張って連れて行こうとする。
「嫌…です」
イルカがか細い声で抵抗するが、エビスはそれを気にも留めずにいるようだ。
きっと自分の信じているものがすべて正しいと考えているのだろう。イルカは財産や地位のある名家に嫁ぐのが最高の幸せだと。
そこへカカシがエビスの腕をぐっと掴んで止める。
「な、何をするんですか!」
「止めなよ。嫌だって言ってるでしょうが」
「君には関係ないことです」
「目の前に酷いことをされてるのに放っておけなーいよ」
カカシは口調こそ穏やかだったが全身から怒気を発していて、さすがの鈍いエビスにも察することができたようだ。思わずイルカを掴んでいた手を離すと、その隙にカカシは、エビスや大蛇丸からは姿が見えないようにイルカを庇った。
大蛇丸がすっと近寄ってきて、うっすらと笑う。
「私、欲しいモノは必ず手に入れる主義なの。覚えておいて」
子供に言い聞かせるように言うと、
「今日は帰ります」
とさっさと踵を返して去っていってしまった。エビスは一瞬迷ったが、結局仕方なく大蛇丸についていった。
「イルカ、また来ますからね」
という言葉を残して。
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