「俺、イルカさんにプロポーズしようかと思う」
「ええっ」
 カカシのいきなりの宣言に、アスマ夫妻にサスケ夫妻は言葉を失った。ちょうどイルカはナルトを寝かしつけると言って部屋へと戻っていったので、居間にいるのはこの五人だけだった。
 しばらくの沈黙の後、サクラが恐る恐るカカシに意見してみた。
「お兄ちゃん、それはあまりにもいきなりじゃない?だいたいまだ恋人でもないのに、イルカさんがビックリするんじゃ……」
「うん。俺もそう思うけど、今はちょっと急がないと駄目なんだ」
 イルカがこの家に気兼ねなく居られるよう、カカシが考え抜いた手段だということは全員がわかっていた。カカシと結婚すればここにいるのは当たり前のことで、大蛇丸のところへ嫁ぐ必要もない。そうすればイルカの気は楽になり、自由でいられるだろうというわけだ。
 しかし。
「それって、勝手な都合を押しつけてくるエビスや大蛇丸って奴らと同じなんじゃないのか」
 サスケはサスケなりに気を遣っているのか、いつもよりは幾分柔らかい口調ではあったが、それでも少々歯に衣着せない言葉だった。
「サ、サスケ君……!」
 サクラが少し恨みがましい目でサスケに抗議するが、口から出てしまった言葉はもはや覆水盆に返らず。当然カカシの耳にも聞こえていた。
「たしかに……そう言われるとな……」
 カカシは頭をガシガシと掻きむしり、それきり黙り込んでしまった。しょんぼりと肩を落としている。
 そんな気まずい雰囲気の中、紅が口を開いた。
「プロポーズしてみればいいじゃない」
 それはさきほどのカカシの宣言よりも周りを驚かせるのに充分だった。カカシですら目を見開いて紅を見つめた。
「紅姐さん?」
「おい、紅」
 紅は、全員の怪訝な視線と問いかけを無視した。
「言わなきゃ何も始まらないわよ。最終的にどうするかはイルカちゃんが決めることよ。いい、カカシ?自分の気持ちをわかって欲しいんだったら、ちゃんと相手に『好きだ』って伝えなさい」
 ビシッと人差し指を向けられて一瞬怯えたように身体を震わせたカカシだったが、曇っていた表情がだんだんと明るくなる。
「わかったよ、姐さん。俺、頑張ってみるよ!」
 カカシがそう決心したそのとき。
「感動したわ!」
 スパーンとけたたましく開けられた襖の前には、幼なじみのアンコが立っていた。
「アンコ。立ち聞きしていたのか」
「そんなことはどうでもいいじゃない。それよりも、あたしもお父ちゃんにプロポーズしてみるわ!」
 突然人の家に上がり込んで宣言するアンコに、一同呆然とする。
「そうよね、ちゃんと言わないと伝わらないのよね。義理の娘だからって遠慮してたあたしが馬鹿だったわ」
 うんうんと頷くアンコ。それで遠慮していたのか、という周囲の疑問は誰も発することはできなかった。
 どうやら血の繋がらない義理の父親・イビキに本気でプロポーズするつもりのようだ。
「あたしも頑張るから。カカシ、あんたも頑張りなさいよ」
 アンコはカカシの肩をポンと叩いて、激励しているつもりのようだ。
「いや、お前に仲間認定されてもな……」
 暗澹たる面持ちのカカシにアンコは全く気づかず、意気揚々と隣の家へと帰っていった。あとには豆台風が去った後の静けさと疲労感が残るのみだった。
「あんなサドのどこがいいのかよくわかんないんだけど」
「まあ、人の好みはそれぞれよ。そんなことより、カカシ。あんたは自分のことを心配しなさい」
「ああ、うーん。じゃあ、明日……」
 まだ迷っているのか勇気がないのか、カカシは口を濁すばかりで覇気がない。
「お前なぁ、最初っから逃げてどうする。男なら当たって砕けろ。骨は拾ってやるから」
「俺に砕け散れって言うのか!……いや、まあ、今日は遅いし。やっぱり明日にしよう。な?」
 カカシは周囲に同意を求めようとするが、誰も賛同しようとはしなかった。そこへ思いがけず声がかかる。
「明日がどうかしましたか?」
 ひょこりと顔を出したイルカが訊ねた。
「うわあぁぁぁ!」
 大声を上げて飛びすさり、後ろの箪笥に激突したカカシは、後頭部にたんこぶができそうな勢いだった。


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2004.05.30初出
2009.04.25再掲


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