「イルカさんっ!」
「はい?」
「ど、どこから聞いてましたっ?」
カカシが焦ってそう聞くと、イルカは途端に申し訳なさそうな表情になった。
「すみません。もしかして大事なお話中だったんでしょうか。お邪魔してしまって……」
イルカはぺこりとお辞儀をして部屋へと戻ろうとする。『誤解だ』と言い出せず慌てふためいているだけのカカシを哀れに思ったのか、アスマが口を開いた。
「ああ、別にたいした話じゃないんだ。それよりも、厨房に行って上新粉がまだどれだけあるか見てきてもらえねぇかな。急に心配になってきたもんだから」
「あ、はい。わかりました」
「悪いなぁ。仕事も終わって休んでるところに」
「いいえ、いいんです。今見てきますから」
アスマの突然の頼みにも、イルカは嫌な顔一つ見せずに笑った。それにしばらく見惚れていたカカシは、はっと我に返り、アスマの首を締め上げながら耳打ちする。
「髭。てめ、イルカさんをぱしりに使おうっていうのか!」
イルカに聞こえないようこそこそとしゃべっているため迫力不足なのか、アスマはどこ吹く風といった態だ。
「だいたい間違って何かに蹴躓いて転んだりしたらどうする責任を取るつもりだ」
「カカシ。そんなに心配ならお前も行ってきたらどうだ?」
アスマはニヤニヤと笑いながら言う。
「は?」
「だから、お前も店に行って見てこいって言ってんだろーが」
「あ、ああ……」
反応の鈍いカカシに、
「私一人で大丈夫ですから」
とイルカは断ろうとする。
「いえっ。俺も行きます。危ないですから!」
「すみません。ありがとうございます」
家の中で、蛍光灯だって充分照らせる場所のどこが危ないのか。それはきっと、恋するカカシにしかわからないことなのだろう。
二人は狭い家の短い距離を肩を並べて歩いた。
そして、カカシはついてきたはいいものの、真面目なイルカはさっさと頼まれた用事をすませてしまった。ただの口実だったため、問題があるはずもない。
これではさすがにいかん、と考えたのか、カカシは勇気を振り絞って声をかけた。
「イ、イルカさんっ」
「はい。なんでしょう、カカシさん?」
きっとプロポーズされるなんて露ほども思っていないイルカを見ると、カカシの緊張は倍増する。
「す、す、す……」
「す?」
「す、好き……好きな餡は何ですか!」
こりゃ駄目だ。
後ろでこっそりと見守っていた全員がそう思った。プロポーズどころか『好きです』の一言も言えないようでは。
「好きな餡ですか。えっと……どれも捨てがたいですが、やっぱりこしあんが好きです」
イルカは戸惑いながらも、わけのわからない質問を真剣に考えて答えを出す。
「あ、やっぱり?俺もそうですよ!」
嘘をつけ。甘いものは苦手なくせに。
そんな涙ぐましいまでの努力は、イルカに伝わっているのだろうか。いや、きっと無理だろう。
しかし、今日が駄目なら明日があるさ。
「頑張って、お兄ちゃん」
サクラが気づかれないようこっそりと呟き、皆も同じ気持ちで見守るのだった。
次の日。いつも通りに陽が昇り、いつも通りに店を開けた。
そこへ、どやどやと柄の悪い連中が入ってきた。
若い四人で、一人だけ女の子が混じっているようだ。あとは中肉中背の男が二人と、ぽっちゃり太った男が一人。目つきが鋭く、とてものんびり団子を食べに来たという雰囲気ではなかった。
紅は嫌な予感がして、イルカを奥に引っ込めた方がいいと判断したが、時すでに遅し。状況がよくわかっていないイルカは、その四人に注文を聞きに行ってしまった。
紅は下手に刺激しないよう仕方なくそれを見守りながら、柱をコン、ココン、と叩いて奥へ合図を送った。これでアスマとカカシが気づいて、すぐに店まで出てきてくれるはずだ。
しかし、紅がそんなことをしている間に、相手はすでにイルカに絡んでいた。
「あー?酒もねーのか、この店は!」
「こんなちんけな店じゃあ、仕方ねーぜよ」
「どうせ団子もクソ不味いに決まってる」
「そんなことありません!うちの団子はすごく美味しいって評判です。一度食べてみればわかります」
難癖をつけてくる客に、イルカはけなげに説明しようとするが、嫌がらせが目的の人間がそれを素直に聞くはずもなかった。
「なんだとぉ。俺たちに意見するつもりかぁ!」
四人は座っていた椅子を蹴り倒すやいなや、テーブルの上の物を撒き散らし、他の客にまで絡み始めた。
おそらく無造作に投げられたであろう割り箸の入った箸立てが、運悪くイルカの方へと飛んできた。
「あっ」
とイルカは叫び、腕で顔を庇いながらぎゅっと目をつぶった。
イルカは当たる衝撃が来るのを覚悟したが、それはいつまで経っても振ってこなかった。恐る恐る目を開けると、目の前には手で受け止められた箸立てがあった。
「カカシさん……」
「イルカさん、危ないから下がっててくださいね」
はい、とカカシに渡された箸立てを手に、イルカは心配げな表情で動こうとしない。
「カカシとうちの人に任せておけば大丈夫だから」
紅に促されて、イルカはようやく少し後ろに下がった。またいつ飛び出していくかわからなくて、紅はしっかりとイルカの肩を掴んで店の中を見守っていた。
「おい、まずいぜよ。大蛇丸様からイルカという女は『傷つけるな』と言われてるだろうが」
「わかってる」
「チィ…めんどくせーな」
四人は隠すつもりもないのか、イルカの婚約者だという男の名前を口にしている。
それを聞いたカカシは、激昂した。
「ふざけるなよ。こんなチンピラ寄越しやがって…!」
「待て、カカシ。もう少し話を聞けよ」
アスマに止められるが、いつ殴りかかってもおかしくなかった。
「お前らは何が目的なんだ」
アスマが訊ねると、四人は侮蔑の表情を浮かべ笑う。
「何って。そのイルカって人が大蛇丸様のところへ嫁に来られるよう、この店を潰せって言われるだけだ」
「なんだと?」
「そんな!このお店は関係ないじゃありませんか!」
イルカが思わず叫んで四人の元へ飛び出そうとするのを、紅がぐっと押し留める。まさかとは思うが、攫ってこいと言われていたら危険なことこの上ない。それでなくても殴り合いにでもなれば、喧嘩など見たこともないイルカを怖がらせてしまうだろう。
「関係はある。ここに匿われるようなものだろ。だから潰してしまえば行くところがねーってわけだ」
「……ふーん。潰せればね」
カカシはようやく冷静さを取り戻したようで、うっすらと笑った。そのかわりその冷ややかな態度から、先ほどよりもさらに怒りが増していることが、長い付き合いのアスマにはわかった。
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