「『写輪眼のカカシ』か……相手にとって不足はないぜよ」
「ブチのめす!」
 臨戦態勢の相手を見て、
「この店の中で餓鬼にでかい顔させるわけにはいかねぇなぁ」
とアスマは嘯く。若い頃、カカシと共に自分も悪餓鬼で通っていたことは棚に上げてしまっているようだ。
「頑張って、あなた」
 そんな応援の声をかけてくる紅に、ちょっとはいいところを見せねばとアスマは親指を立てて振り返る余裕すら見せた。
 四対二という圧倒的に不利な条件の中、そこは経験値でカバーするのが年の功だった。狭い店内を巧みに利用して、己にはまともに攻撃が当たらないよう動き、相手には少しの力で最大限のダメージを与えるよう立ち居振る舞う。
 若い四人衆は、椅子やテーブルに阻まれて思う存分力を発揮できないまま、隙間をついて確実に急所を狙ってくる二人に悪戦苦闘していた。いつの間にか誰かどこかしら負傷していて、確実に戦力は殺がれていく。図体のでかいだけの木偶の坊と、ひょろりとした瓢箪が相手だと高を括っていたのは間違いだった。二人の息のあった攻撃に、チームワークが出来ていない個人主義の四人では為す術もなかった。
 敵もこれ以上するのは得策ではないと気づいたようだ。命令を下した人間に今の状況を報告してお伺いを立て、再度指示をもらうことに仲間内で決定したらしい。
「覚えてやがれ!」
「まあ、恥ずかしげもなくそんなベタなセリフを言うもんだ」
「『じゃあ、おとといきやがれ』って言っとくか?」
「嫌だね」
 アスマとカカシがそんなやりとりをしている間に、四人はさっさと引き上げていってしまった。たしかに方針さえ決まってしまえば、こんな漫才をやってるような巫山戯た二人に構っている必要はないのだ。
「まーったく、礼儀も知らない餓鬼共だぁね」
 カカシは不満を漏らし、ぱんぱんと身体を叩いて埃を払った。
 落ち着いて店の中を見回すと、散々な光景ではあったが、イルカを守りきったと思えば一同満足と達成感でいっぱいだった。しかし、当の本人はそうではなかった。
「すみません。私のせいでご迷惑を……」
 ぽろぽろと涙を流すイルカに、皆心を痛めた。
 こちら側には怪我一つなくむしろ敵に被害甚大ではあったのだが、そんなことはイルカにとってあまり問題ではないようだ。世話になっている人たちが危険な目にあった、ただそれだけでもう耐え難いことらしい。
「いいのよ。チンピラたちはやっつけたんだから」
「あんなのは迷惑ってほどのもんじゃねぇぞ」
「イルカさんのせいじゃないですよ。泣かないでください、ね?」
「でも……」
「悪いことをしたのは『大蛇丸』って奴でしょ?」
 カカシは優しく肩を撫でてやる。
「でも……」
「『でも』は無しですよ」
 カカシに先手を打たれたイルカは、目が穏やかに瞬き、少しだけ微笑みを取り戻したように見えた。眉間の皺も薄くなる。
 一同ほっと胸を撫で下ろし、奥の畳の上で悪の張本人について談義を始めた。
「『大蛇丸』って、もしかしてテキヤだった?名前を聞いたことがあるわ。同一人物だと思うのよ」
「あー、俺もそう思う。昔々に聞いた名前だ」
「昔テキヤをやっていて、今は大手企業の社長?」
「何か汚い手を使って成り上がったんじゃないかしら」
「よくある話だ」
 アスマたちが話しているのをじっと聞いていたイルカは、ふと口を開いた。
「でも、どうしてこんなことをするんでしょうか」
 世の中に悪い人間はいないと信じていたお嬢様には、納得がいかない出来事らしい。暴力で解決しようとする考えが理解できないでいる。
「おそらく大蛇丸はテキヤあがりの成金だから、由緒ある血筋のイルカをどうしても嫁に欲しいんじゃないか?それこそどんな手段を使っても、な」
「馬鹿げてる」
 そんなやりとりを聞きながら、イルカは途方に暮れていた。
 家に帰るわけにもいかず、どんなことをしてくるかわからない人間の所へ嫁ぐわけにもいかず。わかっているのは、このままここに居れば迷惑がかかることだけだった。明日にはナルトと一緒に出て行かねばならないと心に決めてはいたが、行く当てなど何処にもなかった。
 そんなとき。
「自来也んところに行ってくる」
 カカシはすっくと立ち上がり、そう言った。
「おやっさんのところへ?」
「ああ」
 カカシはイルカの方へと向き直ると、
「すみませんが、イルカさんも一緒に来てもらえますか?」
と言う。
 イルカは訳がわからなかったが、それでも「はい」と頷いた。この家の人たちが自分に対して酷いことをするわけがないと信じていたからだ。迷惑はかけたくない、自分に何かできるというのなら何だってしたい、そう思っていた。


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2004.05.30初出
2009.05.09再掲


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