カカシに連れられて、電車に乗り、知らない街を果てしないくらい歩いて、ようやく目的地に着いたようだ。
　大きなお屋敷だった。イルカの実家に負けていないくらいの豪華な邸宅で、誰のお屋敷だろうかとイルカは頭を巡らせていた。
「どなたのお屋敷ですか？」
　思いきってカカシに訊ねると、
「『自来也』っていう、テキヤの総元締めのような人の家です。昔から家族ぐるみの付き合いがあって」
「そうなんですか」
「自来也のおやっさんぐらいになれば、社会的に権力も財力も発言力もあるんですよ、テキヤといってもね。だからそこから大蛇丸に圧力をかけてもらおうと思って。そうすればあっちだって無理は押し通してきませんよ。他力本願になっちゃいますけど」
　カカシは、自分の力で解決してあげたい気持ちはやまやまだったけれど、自分にできることなど高が知れていることはわかっていた。どうせできることは店にやってくるチンピラを叩きのめすぐらいで、根本的な解決になりはしない。大蛇丸に直接会いに行ったところで、相手を怒らせて余計に事態を悪くさせるだけだろうというぐらいの自覚はカカシにもある。そこで、自分の考え得る中で一番良いと思われる方法を選んだのだった。
　応接室に案内され、席を暖める暇もなく自来也とその妻の綱手が部屋に入ってくる。カカシとイルカは礼儀として立ち上がって二人を迎える。
　歌舞伎役者のような胡散臭い格好の男に、異様に胸と態度がでかい女だったが、気の良い夫婦のようだった。
「久しぶりだね、カカシ」
「お前が女連れとはのォ」
「違っ。そんなんじゃないですよ！」
　ニヤニヤとからかってくる二人にカカシは慌てて否定するが、それを信じたようには到底思えなかった。
「初めまして。イルカと申します」
　イルカが丁寧に挨拶をすると、二人は相好を崩し、歓待の意を表してソファーに座るよう勧めてくれる。
「で。今日は一体どうしたんだい？」
　カカシが今までの事情をあれこれと説明するのを自来也たちはもちろん、イルカも神妙な表情で聞き入っていた。話し終えるのは意外と時間がかかった。
「大蛇丸か」
「あの変態ヤローがねぇ」
「…へ、変態？」
　イルカが不安そうな表情で聞き返す。実は言葉の意味もよくわかっていないのかもしれない。
「そう、変態だ」
「そんな奴とイルカさんを結婚させられるかー！」
　カカシが思わず立ち上がって叫び、イルカの視線を感じて、
「は、いや、あのその……」
などとわけのわからない言葉を発して座り直した。
「まあ、とにかくそれに関してはこっちから注意を促しておこう。後ろにワシらがついていると知れば、あんまり無茶もしてこなくなるだろう。安心せぇ」
「ありがとうございます」
「問題はイルカちゃんの実家だね。もう家に帰るつもりはないってことを、はっきりわからせた方がいいよ」
「はい、そうします」
　イルカが素直に頷いた。それから応接室を出て、玄関先で別れを告げる。
「長々とお邪魔しました」
「今度はゆっくりと遊びにおいで。待ってるからね」
「可愛い子ちゃんならいつでも大歓迎じゃぞ」
　自来也は余計なことを言って、綱手に痛恨の肘鉄を食らい悶絶していた。
「はははっ。また来るよ」
「ありがとうございます。今度ぜひ遊びに参ります」
　お礼をし、振り返り振り返りながら帰っていく二人を自来也と綱手は見送っていた。ずっと見守りながら綱手が言う。
「カカシが結婚するに一万円！」
「お前、ホント賭けに弱いのォ。負けそうな方に賭けてどうする」
「馬鹿だね、自来也。倍率が高い方に賭けないでどうするんだ。面白くないだろうが」
「はいはい」

　見送ってくれた自来也と綱手の間でそんな会話が交わされているとは露知らず、カカシとイルカは肩を並べて家路につこうとしていた。
「いろいろとご迷惑ばかりかけてしまってすみません」
　申し訳なさに曇った表情が晴れないイルカを、カカシは慰めようと必死だった。
「いいんですよ。ぜんぜん迷惑なんかじゃないです！むしろイルカさんが結婚されたら困るのは俺なんだから……あっ」
　元気づけようと焦るあまり、カカシは余計なことまでぽろりと口にしてしまった。ダラダラと汗が流れてくる。
　イルカはといえば、数度目を瞬かせた後じっとカカシを見つめている。