「私が結婚すると困りますか?」
「はいっ!…あ、いや……決めるのはイルカさんなんですから、俺が困るようなことじゃないです」
イルカの選択を阻むようなことをしては、とカカシは思い、つい本音を隠して建前をしゃべってしまう。本当は困ってしょうがないから絶対嫌だなんて言えない。
「じゃあ、私がカカシさんの側にいたいっていうのは、きっと私のわがままなんですね。こんなに迷惑をかけてまで言うことじゃないですね」
イルカは悲しそうに顔を歪ませて俯いた。
思ってもいなかったイルカの言葉に、カカシは飛び上がらんばかりに驚いた。
「そっ、そんなことありません!」
「カカシさんは誰にでも優しいからそんなことを言うけれど……」
「何言ってるんですか。俺が優しいなんてイルカさんに対してだけですよ。他の人間には結構酷い人間なんですよ?」
「本当ですか?」
「本当です」
カカシは断言してしまってから後悔した。自分には優しくても他人に対しては極悪非道な人間など、はたして好きになる要因となりうるだろうか。いや、ない。それは無理だ、と自分の中の冷静な部分は告げている。
しかし、イルカはそこまでカカシが酷い人間だと思っていないようで、その言葉で安心したようだった。
「それじゃあ、私はまだあの家にいても良いですか?」
もちろん、と答えかけてカカシはふと思いとどまった。
いい雰囲気ではないか。まるで恋人同士のようだ。今ならプロポーズしても受けてもらえるかもしれない。こんな千載一遇の機会を逃しては男がすたる。
思っているだけで何もしないんじゃ、愛していないのと同じなんだよ。お前の気持ちを相手に通じさせなきゃ、愛しているんなら態度で示せよ。行け、カカシ。
自分で自分を鼓舞しながら思いきって口を開いた。
「イルカさんっ」
「はい」
「どうか、お、俺と結婚してずっと側にいてくださいっ」
ぎゅっと目をつぶったままイルカの反応を待っていたカカシは、いつまでも返事がないことが気になって恐る恐る目を開いた。イルカは俯いたままだった。
「だ、駄目ですか」
やっぱり駄目だったか、と弱気になるカカシに、
「私こそ……ずっと側に置いてください」
と、か細い声が耳に届いた。
「本当ですか」
半信半疑ながら、カカシは震える腕でイルカをそっと抱きしめた。
「嬉しいです。夢みたいだ」
もしかしてこれも夢の続きだろうか。目が覚めたらやっぱり布団の中だったりしたらどうしよう。
おろおろとそんなことを考え、自分のほっぺたを抓ってみた。
なんだか痛くない気がする。っていうか、全然痛くない?
喜びのあまり痛覚が麻痺しているのか、やっぱり夢なんだとカカシは涙しそうになった。
もう夢でもいいからもうちょっとだけこのままでいさせてください、神様仏様。などと、カカシは普段祈りもしないくせに真剣に祈っていた。そこへイルカがカカシの顔を見上げて口を開いた。
「カカシさんはすごく運の悪い人ですね。私なんかに好かれて」
少し困ったように笑われてカカシは吃驚仰天だった。
「な、な、何を言ってるんですか!俺は三国一、いや世界一幸せな男ですよ!幸運の女神が微笑む超ラッキーマンです」
「そうですか?」
「そうですとも!」
カカシの必死の頷きに、イルカは少し安心したように笑った。
その笑顔があればもう何もいらない。この人を幸せにしたい。この人のためなら死んでもいいなぁとカカシは思った。
カカシはイルカの手をぎゅっと握りしめて歩き出した。
だが、歩いていても足下がふわふわと浮き上がる感覚に、これはもう夢見てるのは確実だとちょっぴり恨めしく思ったりする。でもこんな夢ならいつだって歓迎だとカカシは思う。
そんな世界で一番馬鹿で幸せな男を、優しく照らしてくれる穏やかな夕暮れだった。
終劇
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2004.05.30初出
2009.05.16再掲 |