【男はつらいよ あじさいの花6】


客と言っても、身内はアスマ夫婦とサクラ夫婦にナルトのみで、新婦側どころか新郎側も親類縁者は一人も居ない。今日は近所から集まってくる連中と、昔の知り合いが遠方からやってくる予定だった。
カカシが座敷に足を踏み入れると、すでにけっこうな人数が集まってきていた。その一画に人だかりができている。
カカシが何かと思って近づいてみると、中心にはゲンマが居てしゃべっていた。そこにいる連中は興味津々で聞き入っている。
「でね。そん時カカシさんがイルカさんに『このたこ焼きはあなたに出会うためにこの世に生まれてきたんだから、あなたが食べなかったらただの生ゴミなんです!』と力説して、自分で焼いたたこ焼きをー」
ゲンマが二人の馴れ初めを面白可笑しく話していた。
「わー、何しゃべってんの、ゲンマ!」
慌てて輪の中に割って入り、カカシはゲンマを止めようとする。
「いやー、二人の出会いを目撃した実体験というか……」
「しゃべらなくていいよ。恥ずかしいだろ」
「みんな聞きたがってるんでー。カカシさんは休んでてくださいよ。俺が相手しときます」
長い付き合いのせいか、ゲンマものらりくらりと避けるのが上手い。
しかし、ここで放っておけば、あることないこと言いふらされるに決まっている。カカシはこうなったらぶん殴って気絶させてでも止めてやる、と物騒なことを考えていた。
だが、周りも黙っていない。
「今面白いところなんだから、止めるんじゃないよ、カカシん坊」
「そうだそうだ」
昔からの知り合いだから容赦がない。
そうこうしている間にナルトやアスマたちもやってきて、いよいよ式が始まる。
といっても、イルカをこの家に迎え入れて三三九度をした後、両家代表から挨拶をするという簡単なもの。花嫁をお披露目するのが目的なので、格式張ったことは何もなかった。
文金高島田を角隠しで隠したイルカが楚々と座敷に入ってくると、今まで騒いでいた連中も大人しくなった。静寂の中、畳の上を歩く衣擦れの音だけが辺りに優しく響く。
イルカが上座の席に座ると、皆の溜息が漏れた。
緊張でかちこちに固まっているカカシと共に、盃に受けて飲み干す。
新郎側からはアスマが立ち、どこかの文例集を棒読みしたような挨拶があり、
「まあ、なんだ。イルカ。こんな奴ではあるけど、カカシのことを頼むよ」
と締めくくった。
新婦側はといえば該当者はナルトしかおらず、そのことに家族は不安を募らせたが。
「えーっと、えーっと。俺、上手く言えないけど……イルカ姉ちゃん。幸せになってくれってばよ!」
皆の見守る中、素直な言葉を紡ぐ。それを聞いてイルカの目に涙が浮かんだ。
「ナルト……ありがとう」
イルカが懐紙でそっと涙を拭う。
姉弟の絆を見せられて、生粋の下町っ子たちの涙を誘う。あちこちで鼻を啜る音が響き渡った。
その後、カカシが披露宴の始まりの挨拶をするべく立ち上がった。
「えー、本日はお集まりいただいて……」
「かしこまった挨拶なんてナシでいいよ。さっさとイルカちゃんの歓迎会を始めようぜ」
「歓迎会じゃなくって、結婚式でしょ!」
カカシは否定したが、誰も聞いていなかった。先程泣いていた鴉がもうすでに大笑いしている。元気なのが皆取り柄なのだ。
それぞれ勝手に乾杯し始め、イルカにしゃべりかける人間が続出する。
「あ〜、駄目駄目! 夫の俺の許可なくイルカさんに話しかけるなんて!」
「ケチくさいぞ、カカシィ!」
「縛って転がしておけ」
すでに酔っぱらっている者もいて、収拾がつかない状態だった。
さすがにずっと白無垢を着てこの宴会を乗り切るのは無理と判断され、イルカは着替えて戻ってくる。そして嫌な顔一つせずに酔っぱらいの相手をしていた。
結局一晩中どんちゃん騒ぎが続き、翌朝カカシもイルカも眠くて下がってくる瞼を擦りながら熱海へと出発していった。


***


「いろいろあったわねぇ」
うんうんと絵葉書を見つめていた皆が頷く。
「まあ、新婚旅行なんだからのんびりしてくるでしょう」
紅が絵葉書をひらひらさせて笑った時。
「ただいまー」
と、道路に面した店の入口から声が聞こえた。
「え、何。まさかお兄ちゃん!?」
サクラが叫んで、すっ飛んでいった。紅たちもそれに続く。
店に行ってみれば、そのまさかだった。
もしかして一人で帰ってきたのかと一瞬疑ったが、横にはちゃんとイルカが立っている。
旅行を切り上げて帰ってくるとは誰も予想してなかったので、明日の天気は雪か鎗かと思うくらいに驚いた。
しかも、イルカはともかくカカシの表情はどんよりと曇っている。
「どうした。予定より早かったんだな」
嫌な予感がしつつも問い質さないわけにもいかず、女性陣に背中を押されたアスマが尋ねた。


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2009.08.01


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