「ああ、もう。アンコもしつこいなぁ。しばらくのんびり過ごそうかと思っていたのに、あいつのせいで」
ぶつぶつと文句を言いながら歩いているのはカカシだった。アンコを振り切るために仕事を言い訳にして出てきたものの、仕事などあるはずもない。なんとか祭りがある地名だけは調べてここへやってきたが、この辺りは来たこともない地域だ。
「いくら腕のいいテキヤでも、場所もなけりゃ売り物もないんじゃあ、どうしようもないねぇ」
祭りの雑踏の中をふらりふらりと歩いていると、誰かに名前を呼ばれた。
「あれ?カカシさん?」
「んー、ゲンマ?」
「珍しいね、ここらの祭りで会うなんて」
顔見知りのテキヤだった。名前はゲンマ。長い楊枝をくわえている男で、いつも美味いと評判のたこ焼きを売っている。
「いや、仕事じゃないんだけどねー」
「へぇ?仕事じゃないのに祭りに顔を出すって?」
「あー、うーん。そうだ!お前のところ、人手足りてる?手伝ってってもいい?」
「そりゃあいいけど……」
「よかった、助かるよ」
ここでしばらくたこ焼きを売ってから帰れば、小遣い程度の金はできるし時間も潰せる。知り合いだから気心も知れているから楽でいいし。カカシはそう考えてゲンマの屋台を手伝うことにした。
評判のたこ焼き屋だけあって、お客は途切れることなく続き、男二人で忙しなく焼き続けた。ようやく切れ目ができてやれやれ一休み、と腰を降ろしたところへ金髪の子供がやってくるのが見えた。
「あーっ、やっぱりゲンさん!」
「お。ナル坊、久しぶりだな。おっかさんが亡くなって引っ越したって聞いてたが」
近所に住んでた子なんですよ、とゲンマはカカシに説明する。
「うん。俺ってば、『めかけの子』だったんだって。母ちゃんが死んで父ちゃんの家に引き取られたんだけど、父ちゃんももう死んじゃっててさ。これがまた金持ちの家で、行儀とかうるさいし、居づらいんだってばよ」
ナルトは不幸な境遇をなんでもなげにさらりと語った。カカシはそれを聞いて、感慨深げに頷いていた。
「そうか、若い身空で苦労してんだなぁ。よし、俺が許す。今焼いてるたこ焼きはタダで持っていけ!」
「カカシさん、俺んちのたこ焼きなんだけどね。まあいいよ、持って行きな」
ゲンマは苦笑しながらもナルトに声をかける。
「えーっ、ホントにいいのか?ありがとうゲンさん、カカシのおじちゃん!」
「『おじちゃん』はないだろう……せめて兄ちゃんとかさ」
子供におじちゃんと言われて、カカシはがっくりと肩を落とた。たしかに若いとは言い難いかもしれないが、直接言われるとショックを隠しきれない。
「へへへ。わかったよ、カカシの兄ちゃん。ついでにもう一舟たこ焼きくれないかなぁ」
「もう一舟?」
「イルカ姉ちゃんの分」
「イルカ姉ちゃんって?」
「俺の半分だけ血の繋がった姉ちゃんでさ。金持ちの家でただ一人親切にしてくれるんだ。今日も一緒にお祭りに来たんだけど、今は用事で別行動。この辺りで待ち合わせしてるんだってばよ」
「よし。その姉ちゃんの分も心を込めてタコを焼いてやるよ。俺に任せなさーい」
「うん!」
手慣れた様子で鉄串を閃かせると、たこ焼きは見る見るうちに出来上がっていった。後は容器に詰めるだけになった頃。
「ナルトー」
と声がかかった。その声は普通よりは少し低めだけれど、柔らかく響く声だとカカシは思った。
「あ、イルカ姉ちゃん!」
「ナルト、お待たせ」
きっとこれがナルトの言う『イルカ姉ちゃん』なのだろう。
すらりと背が高く、清楚な感じのワンピース姿だった。目は大きくて黒く、肌は白く、髪は滝のように肩をつつんで流れ落ちていた。顔の真ん中にある大きな傷跡は、酷いものというよりはむしろ愛嬌を強調しているようだ。
ぽろり。
カカシは詰めようとしていたたこ焼きを取り落とした。
「イルカ姉ちゃん。たこ焼き、カカシの兄ちゃんがタダでくれるってばよ」
「え、そんな……今お金を払いますから」
イルカが財布を出そうとすると、カカシが慌てて身を乗り出して止める。
「いいんです!このたこ焼きはあなたに出会うためにこの世に生まれてきたんだから、あなたが食べなかったらただの生ゴミなんです!お金なんて要りません!」
カカシは唾を飛ばさんばかりに力説し、イルカの手をぎゅっと握りしめた。
「カカシさんって、面白い方ですね」
と、イルカは楽しそうにくすくすと笑った。
「では遠慮なく頂きます。美味しそうですね」
「はっ、はい。俺が心を込めて焼いたタコですから!」
にこりと笑いかけられて、カカシは頬を紅潮させながら返事をする。カカシの心がこもっているから美味しそうなわけでもないだろうが、血の上った頭ではそこまで気づかないらしい。
「ありがとうございました」
丁寧にお礼を言って立ち去ろうとする二人を見て、カカシが慌てて声をかけた。
「あっ、ナルト!柴又帝釈天の街道に『案山子屋』って団子屋があるから、近くまで来たら寄ってみろ。俺もしばらくはそこに寝泊まりしてるし、紅姐さんの作る汁粉は格別に美味いからな」
「ありがと!絶対食べに行くってばよ」
ナルトが元気よく手を振る傍らでイルカがぺこりとお辞儀をして、仲良く手を繋いで帰っていった。
「イルカさん……」
「たこ焼きを焼きながら恋に落ちる。なーんか哲学的だねぇ」
ゲンマの何が『哲学的』なのか意味不明な言葉は、まったくカカシに届いていないようだ。カカシはイルカの去っていった方向をぼんやりと見つめるだけだった。
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2003.11.16初出
2009.03.28再掲 |