【男はつらいよ カカイル純情篇1】



 わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓ははたけ、名はカカシ、人呼んで写輪眼のカカシと発します。


 通りをふらりふらりと歩いている男がいた。
 今どき腹巻きをして闊歩する姿は少し目をつく。斜めに被った帽子から見え隠れするのは、少し長めの銀髪のようだ。
 なんとなく懐かしげに辺りを見渡しながら向かっているその先にあるのは、『案山子屋』という団子屋のようだった。
 男はその店に辿り着くと、荷物を下ろして奥に向かって声をかけた。
「ただいまー」
 それほど大声ではなかったが、不思議とよく通る声を聞いて誰かが振り返った。
「お兄ちゃん!」
「サクラ、元気だったかー?」
 サクラという名前の通り、淡い桜色の髪をした妹が駆け寄ってきた。てっきり久々の再会の抱擁かと思いきや。
「もー。今まで一体どこほっつき歩いてたのよ!」
 ゴン。
 いきなり頭を殴られて、痛みに涙を堪えつつ男は感慨深く言った。
「サクラ、元気に育ってくれて俺は嬉しいよ……」
「ねぇ。しばらくはこっちにいられるんでしょう?」
「んー、まぁね」
 サクラは兄の腕を引っぱって店の椅子に座らせると、少しのあいだ奥に引っ込み、再び現れたときには皿とお茶を持っていた。
「はい、これ。夕飯まで時間があるから食べてて」
「なぁんだ、団子か。俺は甘い物苦手だって言ってるでしょー」
「だからちゃんと醤油味でしょ」
「まったく。お前らいっつも団子ばっかり食って、そのうち終いにゃ団子になるぞー」
 言いたい放題で文句をたれながらもバクバクと団子を食べているところへ、ここの団子屋を営む夫婦が顔を出した。
「カカシ。おめぇに文句を言われる筋合いはねぇよ」
「そうよー。地道に生きてない人間が団子屋を馬鹿にするなんて、ねぇ?」
 髭を生やして熊のように大きい図体で煙草の煙を吐き出している夫と、艶やかな黒髪を長く伸ばして唇が鮮やかな紅色をした綺麗な妻は、歯に衣を着せない調子で気が合っていた。
「おお、おいちゃん、おばちゃん。まだ生きてるかぁ」
「そんなことを言うのはこの口なの?名前で呼びなさいって、いつも言ってるでしょ?」
 頬を思いきりつねられたままのカカシは、
「ふぁい」
と返事をして、ようやく許されて開放された。
「紅姐さんはいつ見ても若くて綺麗だねぇ」
「鬼婆ぁだもの。歳は取らないわ」
 にっこり。
 言われた内容を聞いていなければ、極上の笑みと思える笑顔を向けられて、カカシの顔は少し引きつった。
「やだなぁ。俺は何も言ってないよー、なぁアスマ?」
 隣に立っている男に助けを求めるが、願いは通じず無視されてしまった。
「あら、ホントに?」
 紅の問いにカカシは慌ててコクコクと頷いた。どうやらこれで許されるらしい、そう考えて安堵する。
「まぁ、せっかく帰ってきたんだからゆっくりしていけ。ここはお前の家でもあるんだからな」
 アスマが鷹揚に言うと、カカシも破顔して頷いた。
 それから旅の疲れをとるために一休みしようと家に上がり込むと、誰かが無言で立っていた。
「…………」
「ただいまー、サスケ。『お帰りなさいませ、お兄さま』は?」
「そんなもん言うか」
カカシが茶化して言う言葉も真剣に受け答えしているのは、サクラと結婚した義理の弟だった。
「なんだと。俺はサクラのお兄さまだぞ」
 敬って当然、と言わんばかりの態度のカカシだったが、サスケは溜め息をついて『仕事があるから』と隣の工場に戻っていった。
「なんだよ。冷たいなー」
と文句をたれていると。
「カカシー!」
 大声と共に、カカシの全身にドーンと衝撃がきた。
「やっぱり帰ってきてたんだ!」
「ゴホッ。……アンコ、頼むから体当たりは止めてくれって何度言えばわかるんだ」
 カカシは咳きこみながら抗議した。帰ってくるたびの体当たり攻撃に少し諦めムードではあったが。
 アンコと呼ばれた隣家の娘はまったく気にしていないようだった。
「あたし、お団子大好きだからさー。カカシ、あたしと結婚してよ!そしたら体当たりしないしさ!」
 アンコがカカシの首に抱きついて元気よく言う。
「……嫌だよ。団子目当ての女なんか」
「ケチケチするんじゃないわよ」
 ケチとかそういう問題だろうか。
 カカシがそう考えながらアンコの積極的行動に辟易していると、隣の工場からアスマよりも更に大きい体格の男がやってきた。
「やっぱりここにいたのか。アンコ、いい加減にして帰ってこいよ」
「はーい、お父ちゃん」
 アンコが聞き分けよく返事だけは元気に返すと、大男は満足したのか帰ろうとする。
「イビキ!待て、このサド社長。ちゃんと自分の娘も連れていけー」
 カカシはイビキになんとかアンコを説得してもらおうと必死に声をかけたが、その努力は虚しかった。イビキはさっさと工場に戻ってしまった。
 まだアンコが諦めそうにないのを悟り、カカシは唐突に話題を変えた。
「あ、そうだ!今日は俺、近場で仕事があったんだった」
「えー、お祭りが?帰ってきたばっかりなのに」
「そうそう。頼まれてたのを忘れてた。ちょっと行ってくるよ」
 カカシは広げようとしていた荷物をそそくさと仕舞うと、脱兎のごとく店を出ていった。
「あーあ、行っちゃった……」
 残されたのはアンコと団子屋夫妻だけだった。
「アンコ。もういい加減カカシのことは諦めたら?」
「何言ってんの!実家の隣に住めて、毎日団子を食べられる好条件なんて、他のどこにもないわよ。あたしは諦めないからねー」
 紅の溜め息混じりの忠告も気にせず、アンコは自信満々に言い残して去っていった。
「なんであんなにこだわるかね」
「団子云々もそうだけど、実は嫁ぎ先が隣っていうのもこだわる原因だと思うわ」
「なんで」
「そうすれば毎日労せずイビキに会えるでしょ」
「親が心配ってか?嫁に行かないっていう選択肢はないのか」
「あれでしょ。アンコは後妻の連れ子で血が繋がってないからっていうんで、遠慮してるんじゃない?健気よねー」
「あれを健気と言うと、健気の立つ瀬がないと思うが」
 アスマのもっともな意見に、いかにアンコに同情的な紅もしばらく沈黙した後、
「……それもそうね」
と言うしかなかった。


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