次の日。目を少し赤くして寝不足の様子のカカシが、二階から降りてきた。
 昨日はイルカとナルトと家族全員で夕食を囲み、和気あいあいと食事した後、早めに眠りについたはずだった。きっと単によく眠れなかっただけなのだろう。
「おう、カカシ。お前も手伝えよ」
 毎朝恒例の団子を作る作業中のアスマが声をかけてくる。しかし、カカシが今まで手伝ったことなど一度もなかった。
「ヤだよ。団子の粉にまみれてられるか」
 嫌そうに顔をしかめるカカシの背中に、ドンとぶつかってくる物体があった。
「あっ、すみません!カカシさん」
 それは重そうな粉袋を抱えたイルカだった。懸命に袋を運ぶことに集中していた為、ぶつかってしまったらしい。
「イルカさん!何を持ってるんですか、そんな重たいもの!」
「お団子の粉です」
「いえ、それは見ればわかります」
 イルカの無邪気な答えにカカシは力が抜けそうになりながら、慌てて粉袋を奪い取った。
「居候させてもらうのは心苦しいので、せめてお店のお手伝いでもと思って……」
「そんな気を使わなくてもいいのに」
「お役に立てないかもしれませんが」
 はにかんだ笑顔を向けるイルカに、カカシも笑顔で返した。
「実は俺もこれから団子作りを学ぼうかと思っていたんですよ!もしかしたら団子屋は俺の天職かもしれません。今時代は団子?っていうか」
「ほぉ。それは初耳だな」
 アスマの呟きはカカシにしか届かず、イルカは素直に受け止めて喜んだ。
「そうだったんですか。じゃあこれからカカシさんと一緒に働けるんですね」
「はい!」
「私はこれから紅さんのお手伝いですけど、お互い頑張りましょうね」
 イルカはにこやかに笑って店へ行ってしまった。
 カカシが団子の粉袋を抱えて立ち竦んでいると、アスマが言った。
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺は地道に暮らすことに決めたんだ」
 拳を握りしめて宣言する。
 そこへちょうどサクラが顔を出し、その宣言をいまいち信じがたいという表情をしながら、
「お兄ちゃん頑張って!」
と応援の声をかけた。

 それからしばらくすると、イルカが店で働いていることは街中の噂になり、看板娘目当てで通ってくる輩も多くなっていた。
「御前さま、いらっしゃいませ」
 イルカの明るく優しい挨拶は誰もが楽しみにしていたが、特に名前を覚えて呼んでもらえるというのが一番好評だった。
「おお、イルカさん。今日もいつもの貰おうかの」
「はい、今すぐに」
「慌てんでもいいぞ」
 早く注文を持ってこようと慌てるイルカに、帝釈天の住職は親切そうに声をかける。その様子を奥の柱に隠れて見ているのは、もちろんカカシだった。
「あのエロ坊主……毎日毎日通ってきやがって。寺にはお供え物の団子なんて腐るほどあるくせに!」
「カカシ……お前は仕事しろ」
 呆れながらもこんなことになるんじゃないかと予測済のアスマは、多少あきらめ気味ではあったが注意してみる。しかし、全く聞こうとしないのはわかりきっていることだった。
「はっ。な、なんでイルカさんのうなじが丸見え……」
 カカシの関心事はもうすでに別のことに移っている。といっても、しょせんイルカに関することでしかないのだが。
「ああ。紅が仕事中は邪魔だろうからって、結い上げてやってたな」
「紅姐さん、余計なことをー。いやでも、あれも似合ってる……」
 ブツブツと呟くカカシ。イルカのうなじを他人に見せるのはとんでもないことだが、ポニーテールはよく似合っている。それが見られなくなるというのは如何なものか。そんなくだらないことでジレンマに陥っているのだ。
「カカシ。お前は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでとはな」
 周囲の呆れた様子も目に入らず、耳に聞こえず、今日もカカシは一生懸命だった。


「カカシー!」
 ドーンと体当たりしてきたのはもちろんカカシの望んでいるイルカであろうはずもなく、隣のアンコだった。ようやく一日の仕事が終わって、さあ一休みと居間に上がってきたばかりだったのだが。
「ゴホッ。だからアンコ……」
 抗議しようにも相手は気にせず突っ込んでくる。
「カカシ、大好き。あたしと結婚して!」
 どれだけ言っても聞かないアンコをどうやって説得すればいいのかとカカシが悩んでいるとき、ふっと見上げるとイルカが立っていた。
 イルカさん、今日も可愛いなぁとのんきなことを考えていたが、どうもイルカの様子がおかしい。いつもの笑顔が曇っているように思える。どうしたんだろう、まさか客に嫌なことでもされたのかとカカシは慌てたが、イルカの視線はカカシの顔より少し下の方に注がれていた。
 その視線を辿っていくと、カカシの腕にしがみついているアンコの姿がある。
「はっ、イルカさん。これは、その、違うんです!」
 慌ててそれを振りほどこうとするが、アンコの腕力は強くてなかなか剥がれてくれない。まさかイルカの目の前で突き飛ばすわけにもいかず、カカシは焦っていた。
「すみません、お邪魔でしたね。失礼します」
 イルカはちょっと悲しそうに微笑み、律儀にお辞儀をして、そっと襖を閉めて行ってしまった。
「も、もしかして、誤解されたみたい?」
 イルカ一筋で夜も眠れないほどだったカカシは、まるでこの世の終わりのような表情だった。アンコにしたって、何もイルカの目の前でやらなくても……と起きてしまった出来事を悔やんでいた。
 しかし、アンコの方は平然としていて、むしろ笑っているようだ。
「カカシ。イルカちゃんがショックを受けてたってことは、脈有りだよ」
「え?」
「女が寄ってきてムッとするなんて、気のある証拠じゃないか。頑張りな」
「アンコ、お前……まさかそれを確かめるために?」
「この前お父ちゃんがさ『無理して嫁に行く必要はないんだぞ』って言ってくれたから、あたしは別によくなったんだ。嫁なんか行かないであの家にずっといるよ」
 アンコはからりと笑って言った。
「それにあたし、イルカちゃんのこと好きだもん。アンタと結婚したら、毎日優しく笑って団子くれそうだしね」
 結局アンコの基準は団子が絡むか絡まないかなのか!と言いたいところだったが、本当はそうではないとカカシにもわかっていた。
「サンキュー、アンコ」
「まあ、あれだね。ただ単に女にだらしない不潔な男だと思って嫌われただけかもしれないけどねー」
 あっはっはっと豪快に笑うアンコに、カカシは顔面蒼白だ。
「お前はもうちょっと穏やかな方法を選べないのか!うわーん、イルカさーん」
 涙目になりながら慌ててイルカの後を追うカカシだった。


●next●
●back●
2003.11.16初出
2009.04.04再掲


●Menu●