【男はつらいよ カカイル純情篇3】


 イルカの部屋に行ってもナルトしかおらず、カカシが家中を探して回っていると庭の方でかたりと音がした。外を見ればやはりイルカだった。
「イルカさん」
「あ、カカシさん」
「さ、さっきのは違うんです。あれはアンコが……!」
「ねぇ、カカシさん?」
 慌てふためくカカシとは対照的に、イルカは穏やかに名前を呼ぶ。
「はい!」
「自分が好きでもない人から好きだと言われたら、どうしたらいいんですか?」
「え?えーっと……」
 いきなりの言葉にカカシが戸惑っていると、イルカの話は更に続く。
「私、本当は政略結婚なんてしたくなかった。だから、ナルトのせいにして逃げてきたんです。卑怯ですね」
 少し泣きそうな表情でイルカはカカシを見つめた。
「相手の人は私のことを好きだと言ってくれましたが、私は……」
 ずっと一人で悩んでいたのだろう。イルカの気持ちを考えると、カカシは胸が痛んだ。そんな結婚相手なんて消えてなくなってしまえばいいとさえ思った。
「イルカさんの人生なんだから、好きなように生きていいんですよ」
「カカシさん……」
「嫌だったら結婚なんかしなくていいし、やりたいことがあるんだったらそれをやればいい。ね?」
「でも相手の人は……」
「相手だって、嫌いだと言われても、そうそうすぐにはイルカさんのことを嫌いになれないですよ。だから相手が諦めるか、こっちが妥協するか競争です」
「競争ですか?」
「そうですよ。イルカさんのやりたいことが、相手の気持ちより強かったら勝てるでしょ?」
「……そうですね」
 イルカは納得して頷いた。そして、満面の笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます、カカシさん」
「どういたしまして。……あの、イルカさん」
 立ち去ろうとしていたイルカをカカシは呼び止めた。
「はい?」
 イルカは振り向いて、その黒い瞳を瞬かせた。
「俺は、少しは役に立てましたかね?」
「もちろんです。カカシさんには助けられてばかりです」
「……そう。じゃあ、よかった」
 カカシは微かに微笑んだ。
 イルカは質問の意図がよくわからず少し戸惑って立ち竦んでいたが、カカシに『おやすみなさい』と挨拶をされれば深く追求もできず、『おやすみなさい』と言って家の中に入っていった。


 翌日の朝。
「あれ?イルカさんは?」
 カカシが紅に尋ねると、紅も知らないと言う。
「それが朝起きたらどこにもいないのよ。お屋敷に帰っちゃったのかもねぇ」
「……そうか」
 カカシは何かに思い至ったのか騒いだりはせず、静かに頷いた。
「黙って出ていくような子には見えなかったのに」
「きっと自分のやりたいことがみつかったんだよ。よかったじゃないか、こーんなところにいるよりよっぽどいいさ」
「カカシ………」
 紅が心配そうに見つめていても、カカシはその視線に気づかないのか庭の方へ足を向ける。
 サクラが庭で洗濯物を干しているところへ、ふらりとやってきて縁側に座り込んだ。それからは膝を抱えてぼんやり庭を眺めている。
 しばらく黙っていたカカシが、ようやく口を開いた。
「なぁ、サクラ」
「うん?」
「やっぱり駄目だったよ。地道に暮らすなんてさ」
「……お兄ちゃん」
「でも、少しは役に立ったんだからよかったじゃないか。俺にしちゃあ上出来だよ」
「まだ戻ってこないと決まったわけじゃ……」
 サクラがなんとか慰めようとするが、カカシは聞いてはいなかった。
「あー、また旅にでも出るかなぁ」
「…………」
「うん、それがいいや。それがいい」
 返事を躊躇っているサクラを前に、カカシは一人納得して頷いた。


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