「じゃあ俺、行くわ」
「何もこんな夕方に出ていくことはないだろう。泊まるところはどうするんだ」
「いいんだよ。夜行にでも乗るからさ」
「…………」
顔を見合わせるアスマと紅。無理矢理止めるべきか迷っているところへサクラが走ってくる。
「お兄ちゃん!」
「サクラも元気でな」
「そうじゃなくって、あれ!」
指差した先には、小さい金髪の子供の手をひいて歩く人影が見えた。
「イルカさんっ!」
カカシが叫ぶとその人影は気づいたようで、少し足早に駆け寄ってきた。
「すみません、みなさん。黙って出かけたりして」
申し訳なさそうにイルカが謝ると、ナルトも一緒になって神妙にお辞儀をした。
てっきり戻ってくるはずもないと思い込んでいたイルカが帰ってきたのだから、一同はどうしていいのかよくわからなかった。
「いったい全体、今日は一日何をしてたんだ?」
「てっきりお屋敷に帰ったのかと……」
とりあえずアスマと紅が、あまり責めている風に聞こえないよう気を使って質問してみる。
「すみません。家に帰ってはっきりと断ってきたんです。お見合いはしないし、この家を出ていくからって。すぐに戻ってくるつもりだったのに、家の者とモメてしまって……ご迷惑をおかけしました」
「ああ、そうだったの!ビックリしちゃったわ」
「店は定休日だし、休みの日に何をしてもいいと言えばいいんだが。あんまり急で驚いたぜ」
「すみませんでした」
ようやく事情がわかり、全員安堵の溜め息をついた。
ちょっと行って帰ってくるつもりが、きっとお屋敷ではなかなかイルカの手を離そうとはしなかったのだろう。政略結婚云々のためだけではなく、みんなイルカのことを好きだから。幸せになって欲しいと願っているから。
「それで、あの……」
イルカはまだ言いたいことがあるらしい。躊躇いがちに声を出す。
紅が「どうしたの?」と聞くと、
「申し訳ないのですが、まだしばらくここに置いてもらえませんか?」
などと言う。
なにを今さら、とそこにいる全員が思ったが、イルカは真剣な表情だった。
「なんでそんなことを聞くんだ」
「だって、考えている間だけ置いてもらえるのでは?」
とイルカが言う。前に紅が言っていた言葉をそのまま受けて、自分の考えが固まったら出ていかなくてはならないと思っていたらしい。
「なんだ、そんなこと!いいのよ、いつまで居たって。むしろ今イルカちゃんにいなくなられたら、店の売り上げが減って困っちゃうわ」
紅が笑って言うと、イルカも安心したようだった。いつもの笑顔が戻ったものの、今度は不思議そうに首を傾げた。
「あの、カカシさん?どこかへお出かけですか?」
イルカが不思議に思うのも無理はない。最近は団子屋の白い作業着しか着ていなかったために、見慣れなくなっていた腹巻き姿。それにトランクを一つだけ持っていた。
「いやぁねぇ、カカシったら。今日は天気がいいから鞄を虫干しするって行っておきながら、こんな日が暮れるまで仕舞い忘れてて。こんな馬鹿は気にしないで、さっさと家へ入りましょ」
紅はそう言うと、さっさとカカシの手の中からトランクを奪っていく。
「ナルト。おしるこ作ってあげるから早くおいで」
「うん!」
大好物のおしること聞いて、ナルトは喜んで紅の後についていく。アスマもサクラも店の中に入ってしまい、往来に残されたのはカカシとイルカの二人だけだった。
しばらく黙り込んでいたカカシは、静かに口を開いた。
「イルカさん」
「はい」
「どうしてここへ戻ってきたんですか?イルカさんのやりたいことって何ですか?」
「ここでずっと働きたいです」
「しがない団子屋ですよ?」
「あの……」
イルカは言いにくそうに口ごもり、その後に意を決したように真っ直ぐカカシを見つめた。
「自分の好きなように生きていいってカカシさんが言ってくれたから。あなたの側にいたいんです」
カカシは予想外の答えに、驚きのあまり固まってしまった。まさかそんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。いや、夢に見たことはあったのだが、現実に起こるとは想像もしていなかった。
「迷惑ですか?」
「迷惑なはずがないですよ!…お、俺もイルカさんの側にいたいです、ずっと」
カカシが勢い込んで言うと、イルカは嬉しそうに微笑む。
「よかった。じゃあ、これからもずっと一緒ですね」
「は、はい!」
柴又帝釈天の街道沿いにある案山子屋という団子屋に行けば、イルカという看板娘と、カカシという団子職人見習いに会えるという話だ。
終劇
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2003.11.16初出
2009.04.11再掲 |