【ひとつ屋根の下で】


(4)

 朝、カカシが欠伸をしながら台所へと足を向けた。
 今日は日曜日だからガキ共に朝飯作ってやるかぁ。寝ぼけた頭でそう思ったからだ。いや、実は原稿ができない現実逃避によく使う手だったりするのだが。
 しかし、そんな思惑は無視され、もうすでにテーブルの上には準備万端整っていた。
「あ」
「おはようございます、カカシ先生」
 イルカがいることをすっかり忘れていた。昨日もこれから食事の用意はすべて任せてください、と言われたばかりだというのに。
「おはようございます。っていうか、なんですか、『先生』って!」
「でも、普通編集は作家さんのことを先生って呼びますよ?」
 否定されて、イルカは首を傾げた。今さらそんなことを嫌がるほどカカシは新人作家でも何でもないはず。
「あー実は俺、担当はイビキしか知らないんですよ。元々高校の頃の一年先輩なんですけどね。アスマ兄の知り合いで長い付き合いだから、こっちもあっちも呼び捨てですよ」
 先生なんて嫌みでしか言われたことない!蕁麻疹が出そう!と、カカシは鳥肌を立てている。
「そうだったんですか。でも、俺なんかでもナルトに『イルカ先生』なんて呼ばれてますし、『カカシ先生』でよいでしょう?」
「はぁ」
 そういう礼儀関係には厳しいのか、一歩も譲らない姿勢のイルカにカカシは折れた。
 むず痒い呼び方だが、笑顔でそう呼ばれると嬉しくないこともない。と、なぜかオプションに目が眩んでいるカカシだった。
 さっそくとよそわれたご飯を美味しく頂いていると、子供たちが起き出してきた。
「おはよう! ナルト、サスケ」
 イルカが元気よく挨拶をする。
「おっはよー、イルカ先生!」
「おはよう…………イルカ先生」
 カカシの手からぽろりと箸が落ちた。
 サスケが『イルカ先生』なんて呼んでる! カカシは叫び出しそうになった。が、すんでの所でなんとか我慢した。
 深く追求しない。それが人一倍干渉されたがらないサスケへの大人の思いやりというものだとカカシは思っている。
 しかし、ナルトはニヤニヤしながら、サスケの脇腹を小突いている。
 当のサスケは多少むすっとした顔でナルトの攻撃を避けながら、イルカから手渡されるご飯茶碗を受け取った。
「今日は天気がいいから、俺たち公園へ行くんだってばよ」
「二人で仲良く?」
「ちっがうよ。別々なの!」
 どうせ目的地は同じくせに、頑として意地を張り合う二人。
 やれやれ、どうしてこいつらはこう素直じゃないんだろうねぇ、とカカシは溜息をついた。
「それじゃあ、お昼ご飯におむすびを作ろうか」
 イルカが提案すると、ナルトはぱぁっと顔を輝かせた。
「俺さ、俺さ。具はアンコがいい!」
「あ、アンコ?」
 ナルトの言葉に、カカシとサスケはうんざりといった顔をする。いつものことらしい。
「じゃあ、ナルト用にアンコのと、後はおかかのをたくさん握っておくな」
 イルカが戸惑いながらそう答えると、ナルトがうんうんと嬉しそうに頷く。
「ありがとう…ございます」
 サスケがぼそぼそと呟いた。
 カカシが再び『ありがとうございます』だって!と心の中で叫んでいるうちに、子供たちはがつがつと食べ終えていた。イルカに先に宿題をすませるようにと注意を受け、サスケは素直に頷き、ナルトは渋々部屋に戻っていった。
「うわー、あんな素直なサスケは何年ぶりだろ」
 子供部屋の方角を眺めながら、カカシがようやく口を開いた。
「最近は反抗期じゃないかと思ってたんですけどねぇ」
「サスケはいい子ですよ」
「うん。それは知ってたんだけどね……」
 今まで暮らしてきた俺たちにはいつもツンとすました顔ばかりで、昨日今日来た人間にあっさり懐きやがって、とカカシは思わないでもなかった。ちょっと面白くない。
「ごちそうさま」
 少し乱暴に茶碗を置くと、さっさと自分の部屋へと戻っていった。
 その後おむすびを作り終えたイルカは、カカシの部屋の前に立つと、
「これから病院へ行ってきます」
と声をかけたが、返事はなく、少し寂しい思いをしながら出かけることとなった。



 見舞いを終え、洗濯物を引き取ってきたイルカは、病院のロビーで声をかけられた。
 その人物の顔に覚えがなく、いったい誰だろうと首をひねる。
「イルカさんですね? オレはイタチといいます」
「ああ、イタチさんでしたか!」
 途端にイルカは顔を綻ばせた。その感情をあまり表さない顔は、たしかにサスケによく似ていた。
 それから不思議そうな表情に変わる。
「でも、どうして俺の名前を?」
「アスマさんが結婚すると噂で聞いて、失礼ながら調べさせていただきました」
 少々時間をいただけますか?とイタチは言う。イルカは自分も話があったから会えて良かったと了承し、病院の喫茶部でお茶を飲むことになった。
 一つのテーブルを挟んでイルカとイタチが座る。
「イタチさんは木の葉病院をどうしたいと思っているんですか?」
「何故ですか」
「サスケが『イタチさんたちが病院を狙っている』と言っていたので……すみません、気を悪くされましたか?」
 イタチは首を横に振った。
「我々が求めているのは病院の経営権などではありません。四代目院長の遺産、と言えばいいのか……」
「遺産、ですか」
「はい。四代目院長がある難病治療に関する研究過程を記したレポートを残されているはず。それを狙っている連中は医学界に大勢いるでしょう。しかし、四代目の息子であるナルトくんが将来その研究を受け継ぐと言うのなら、我々とて異論はありません。今日はそれを伝えに来ただけです」
「そうでしたか」
 イルカは説明を聞いて納得した。きっとサスケは誤解しているのだろう。
「サスケもきっとそれを聞けば喜びます。今日はお話しできて良かった」
 嬉しそうに微笑むイルカに、イタチの表情も少し緩む。
「そういえば、どうして受け継ぐのがナルトなんですか?」
 息子であればよいのなら、サスケでもイタチでも問題ないのではないか。同じ子供なのだから。
 イルカはそう尋ねた。
「ご存知なかった? 私たち兄弟は血のつながりはないのです。私とサスケを除いては」
「えっ」
 イタチとサスケは兄弟ごとあの家に引き取られ、養子になった。アスマもカカシも事情があって引き取られた。ナルトだけは唯一の実子だったが、分け隔てなく育てられてきた。懐の広い義父だったという。
 そういえば全員あまり似ていないとはイルカも思っていた。けれど、長年一緒に暮らしていたせいか、みんなあの家に馴染んでいて、本当の家族に見えた。
「あなたを見ていると、なぜか義父を思い出します。顔かたちが似ているわけでもないのに」
 懐かしそうに見つめられ、イルカは気恥ずかしくて俯いた。それからなんとか話題を変えようと焦る。
「暁病院はどんなところですか。きっと優秀なお医者様がいらっしゃるんでしょうね」
 にっこり笑うイルカを眺め、イタチはしばらく沈黙を保つ。
 何かおかしなことを言っただろうかとイルカが焦っていると、ようやく口を開いた。
「あなたはあまり簡単に人を信用しない方がいい。悪意ある者に騙されたりしないよう、これからは気をつけて」
「え?」
「では」
 イルカが戸惑っているうちに、イタチは伝票を手に立ち上がり、振り返らずに出て行ってしまった。


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2004.10.03初出
2011.08.20再掲


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