【今日見る夢は1】

「明日の夢を今日夢見る」のカカシ編です。


出会った印象はよくなかった。むしろ限りなく最悪だった。
七班の任務を終えて帰る道すがら、声をかけられた。
初めて担当する下忍達の元担任は、無駄に明るかった。爽やかな笑顔の似合う、およそ忍びらしくない人間。
その時はあまり関わったことのないタイプで少し苦手だと思っただけだった。
話の流れから、報告書の提出ならそこまでご一緒してもよろしいですかと尋ねられる。
そういえば受付事務の仕事も兼任していたのだったかと思い至り、きっぱり断るわけにもいかなかった。
子供たちは任務の後でも元気なもので、小走りにじゃれ合いながら道を急ぐ。その後ろから大人二人がついていくという形だ。
「ああ、夕焼けが綺麗ですねぇ」
空を見上げてそんなことを言った。
たしかに空は真っ赤に染まり、どこもかしこも夕焼け色だ。けれど俺はどう反応してよいかわからなくて黙り込む。
彼はそんな俺をわざわざ振り返った。幸福そうな笑顔で。
「カカシ先生はこんなとき幸せだなって思ったこと、ないですか?」
そう問いかけられて、自分がまるで大切なものを大切だとわかっていない恥ずかしい人間のように思えたのだ。
だって俺は何も感じなかったから。
俺だとて知っている。普通はこういう景色を見ると綺麗だとか心が癒されるとか言うのだ。
でも、俺にはよく理解できない。太陽が、ただの光の波長で赤がよく反射して見えるだけのことじゃないか。
けれどそう言うと、周りはまるで奇異なものを見たような目をする。それは異常なのだという。だから正直に言うのは諦めた。普通に見えるよう隠してきたつもりだった。
それなのに。
どうして隠そう忘れようとしてきた自分の欠点を、白日の下に晒そうとするのか。
嫌い。この人は嫌いだ。
はっきりとそう感じた。
けれど一応社会への適応というものを考えると面と向かって言うわけにもいかない。「そうですね」と愛想笑いで曖昧に答えると、一瞬表情が固まった後向こうも愛想笑いで応えた。
あ、嫌いだと思ったのがバレたかな。
まるきり無神経なわけでもなさそうだ。だからといって印象が素晴らしく変わるわけでもないのだけれど。
その後は当たり障りのない会話がぽつぽつと為されただけで終わった。
そんな、お互いにとっても最悪な出会いだった。


嫌いだと思ったあの人は、周りの評判はとてもよかった。
生徒のことを考える良い先生。細かい気配りも忘れない中忍。
まるで判を押したように誉め言葉が返ってくる。
誰もがあの人を誉めているのに、俺だけだ。気に入らないと言っているのは。良く思ってない俺の方が悪いような気がしてくるなんて。
ちぇっ、と舌打つ。
どこまでも俺を貶める人だ。さらに嫌いな気持ちに拍車がかかる。
だいたい、誰からも良い人と言われるなんて変人にも匹敵する。きっとただの誤魔化しに違いない。
そう考えて、いろいろと粗探しをしてしまう。
ナルトはラーメンラーメンとうるさいが、正直二人でラーメンなんて食べに行くよりも手作りの家庭料理を食わせてやればいいのにと思う。その方が健康にだっていいのに、それはしない。あんな牛乳を腐らせるような子供とラーメンを食べに行くしかしないなんて、食生活を改善する気もなしってことだ。そう思うと腹が立つ。
教師の義務に縛られて、本質など見ていないのだろう。
きっとあれだ。あの人はいいかっこしいのお節介なのだ。可哀想な人間にかまってやって、何も解決してないのに満足するタイプ。ガイに少し似ている。人を掻き回すだけ掻き回して去っていくんだ。
イライラする。
「ナルト。お前もラーメンばっかり食べてないで野菜を食べろ」
「え〜〜」
ラーメン大好きな子供は不満げに口を尖らせた。
「え〜じゃないよ。自分でできないなら、ほら、お前の大好きなイルカ先生に夕飯でも作ってもらったら? 家へ遊びに行けばいいだろ?」
そう促す。
突然自宅へ訪ねてこられて少しは泡を喰うといい。そう思った。
しかし。
「そんなのヤだってばよ!」
予想と反して、ナルトに強く拒否された。
「なんで?」
「……だってさ。作ってもらうのに慣れたらさぁ……」
きっと家に帰ったときに一人では辛すぎるから。
暖かい手料理の思い出は、自分の境遇をさらに際だたせるのに充分なのかもしれない。
人間なんて慣れる生き物だから。それがあたりまえだと思った途端に消えてなくなることが怖いんだ。
そんな想いをしている。こんなに小さいのにね。
「ふぅん、そうか。まあ、自分で作るのも修行の内だけどな」
なんでもない風を装いながら、軽い衝撃だった。
あの人はそれを知っていたんだろうか。たんに気の利かない熱血教師じゃなくて?


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