その後。奴がイルカ先生を探しに来たと知って、ぴんときた。帰るんだと。
ひんやりとした部屋の中、俯くイルカ先生は泣いている子供のようで胸が痛んだ。そんな物分かりよく諦めて寂しい思いをして欲しくない。
だいたい俺という人間はこうと決めたらしつこいんだから、イルカ先生に会わずに帰るわけがないんだ。確信があった。
案の定奴は居て、その上帰らないと言う。
なんだと! やっぱりイルカ先生のことをどうにかするつもりか。そう考えて不安に押し潰されそうになる。
けれど、イルカ先生が泣いて説得したらあっさりと帰ると言い出した。なんと変わり身の早い奴。
でもそれも仕方がない。あんな風に言われて帰らなかったら、俺だって軽蔑するだろう。
そして奴は、木の下へと俺を引っ張っていった。
「ホントは嫌なんだけど。仕方ないからお前にさ、こっそり頼んでいくよ」
「なんだよ、嫌なら言うな」
頼まれるこっちの方が嫌だ。しかし抗議も虚しく、気にした風もない奴はこっそりと耳打ちしてきた。
「医療班にコシオって男がいるから。そいつを任務の最中に事故に見せかけて殺せ」
いや、別に敵に殺させてもいいけどねー、などと言う。
「なんだって?」
「いいか、間違えるな。医療班のコシオだぞ。絶対にしくじるな」
「……それって、イルカ先生と何か関係あり?」
「若くても、そこまで頭が鈍くはないってことか」
どこまでも失礼極まりない男はにやりと笑った。
「俺のイルカ先生に酷い怪我を負わせたんだよ、奴は。今死にかけてるの、あの人。綱手のばーさんでも治せないって言うんだよ。死なせないためには、そいつのこと殺すしかないでしょ?」
だから過去にやってきたのだ、と奴は言う。
しかしそれはあまりにも運がいいと言っていい。だってその男が生まれている時空間に飛べたのだから。そこまでで幸運も使い果たしたのだろうけれど。
「いくら待っても奴は長期任務で里に戻ってこないから困ったよ。だからもう戻ってきて俺がとどめを刺してやろうと思ったけど……帰れなかったらイルカ先生がきっと泣くしね。お前に頼む」
「お前はどうするんだ」
そんな人任せで安心できるものではないだろう。もしも俺がその男を殺すのをしくじったとしたら、未来に一人戻ってどうする気だ。
「俺? 俺は今最高に幸せだし、あの人を絶対死なせたりしなーいよ」
うん。俺だってきっとそう思う。
死なせたりなんてしないし、寂しい思いだってさせない。そのためならなんだってするよ。
「任せろ。俺だって失敗はしない」
「お前を信じるよ」
そう言って奴は笑った。
「カカシさん!」
イルカ先生が叫んでいる。きっと扉が閉じかけているんだ。
走りながら、
「ちなみに十年後のイルカ先生の好きなものは、ラーメンと湯治とはたけカカシだよっ」
とのたまった。
最後の最後まで性格が悪い。どこまでいっても俺以外の何者でもないなと可笑しかった。


奴が去った後のイルカ先生は泣いて泣いて目が溶けないか心配だったけれど、泣き尽くした後には自分の力で大地を踏みしめる強い人だった。
もしかしてあいつと一緒にいたいと思っていたらどうしようかと内心ひやひやしていた。ついていくなんて言い出したら、と思うと不安で仕方がなかった。
でも。
「今日は今日の夢を見なくちゃ……あなたと一緒に」
イルカ先生がそう言ってくれてどんなに嬉しかったか。
それがわかるのはきっとあいつぐらいだ。同じ人に恋する俺なのだから。
一緒に夢を見たい。
そのためにもやるべきことはやっておかなくては。それだけは忘れてはならない。
でも今はそんな明日からのことよりも、あなたと一緒に今日を夢見ていたい。
「か、帰りましょうか」
差し出した手をそっと握られ、心臓はバクバクと音を立てたのだった。


END
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2005.10.28


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