「サスケ。やっぱり飴はいらないか?」
そう聞かれて、手の上に乗っている一粒を取った。
「それだけでいいのか?」
「一つでいい……デス」
欲しいものは一つだけ。
その夜の海を彷彿とさせる黒い瞳がいつも側にあったなら、もしかして自分は復讐とか恨みとかそんなものをすべて思い出さずに心安らかに暮らせるんじゃないか、と。
そんな風に思い始めたのはいつ頃からだったろうか。
いつも空を見上げて笑っている人だった。
その姿を見るたびに、妙に心がざわつく。
微笑んでいるだけで、息を詰めて見つめてしまう。
いつかもっと大きくなって強くなったら、側にいて欲しいと告白したいと思っていた。
思っていたのに。
「なぁなぁ、イルカ先生。なんか他にご褒美ないの?」
「ナルトはラーメンが食べたいんでしょ」
「へへー。バレたか」
「じゃあ、久々に一緒に食べに行こうか」
「やったー!」
単純に喜ぶナルトに、またしても上忍が間に割って入ってきた。
「あー、俺も行きたいです!」
「カカシ先生は自分で払ってくださいね」
「もちろんです。っていうか、ナルトは奢りなんですかっ」
「今日の俺はひと味違うってば!イルカ先生の分も俺が奢ってやるよ」
「生意気なー」
今にも下忍相手に本気で喧嘩を売りそうな馬鹿な上忍を、楽しそうに見ている中忍がいる。
イルカ先生が誰かと付き合っているという話は聞いたことはない。
けれど。
『嫌い』な人はいるらしい。
歯噛みしたい気分だった。
せめて自分がもう少し早く産まれていれば、と思った。
「サスケも食べに行こう」
「いえ、俺はいいです」
誘われたのは嬉しかったけれど、今は平静でいられる自信がなかった。
気遣わしげな視線を受け止めながら
「朝、ご飯を炊きすぎたので…」
と必死に考えた言い訳をする。
「そうか。じゃあ、また今度一緒に行こう」
「…はい」
返事をするとにっこりと嬉しそうに微笑んで、頭をくしゃりと撫でて
「必ずだぞ」
と念を押した。
それからみんなを引き連れて行ってしまった。


手元に残ったのは飴一つだけ。
包み紙を剥いてみれば、青い青い飴玉だった。
真っ青なそれは、まるであの人のようだと思った。
飴玉を口の中で転がす。
「甘い」
眉をひそめながらも、飴玉を吐き出すことはしなかった。
その甘さは浸食する毒のように体中を浸した。
体中をそれで満たされてしまうのが悔しくて、噛み砕いてしまおうかと思った。
けれどきっと自分にはできやしないだろう。
小さい欠片が溶けてなくなっていくのを惜しんでしまう近い未来が、たやすく予測できてため息をついた。
その拍子に口の中の飴玉が前歯に当たって、かろん、と澄んだ音をたてた。


END
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2002.10.26


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