その日のアスマは暇だった。
ちょうど10班の任務はなく、休みをどう過ごそうか悩んでいた。
体を鈍らせるのもよくないだろうと思い、どこかの演習場に行く途中。
道の前からイルカが歩いてきた。
ちょうど演習が終わったのだろう、アカデミー生の団体が先にアスマの横を通り過ぎていく。
喋りながら走っていく子供達は元気が有り余っているようだった。
「気をつけて帰るんだぞ!」
どうやら現地解散だったらしい。
「アスマ先生、こんにちは」
イルカがアスマに気づいて駆けよって挨拶をする。
「おう、イルカ。演習か?」
「はい。アスマ先生は今日は?」
「あー、休みなんだが訓練でもしようかと思ってな」
「そうだったんですか。休日なのに大変ですね。俺も見習わないと」
「ガキのお守りも体力使うだろ。たいしたもんだ」
「そんなことありません。今日はもう終わりですし」
「ふーん、ちょっと休んでいかないか」
アスマが木陰を指さすと、イルカは頷いた。
「最近どうだ。カカシの野郎は」
「え?…さあ、よくわかりません」
イルカは少し困ったような顔をしたが、話をすることを嫌がっているわけではないだろう、とアスマは思った。
カカシとの交際を知っているアスマに、イルカは隠し事をすることはなかった。
「あいかわらずか」
「ええ。あれ以来他の人と話すのを嫌がるようにはなりましたが、だからといって俺のことを好きになったというわけでもないでしょう」
「ふん。それでもつきあってるわけだろう?」
「ああいうのをつきあうと言うんでしょうか。ただ自分の気の向いたときにかまってもらいたがる猫みたいなものですよ」
「まあな、まだそんなもんか。子供みたいなもんだからな。どうしていいか分からないんだろ」
「そうですね。多分側にいてくれるなら誰でもいいんですよね」
アスマは、イルカが少し疲れているのだと気づいた。
「誰でもいい、という訳じゃないだろう。それくらい分かってるだろうに」
確認を促してもイルカは頷かなかった。
そしてその眼から涙が溢れ、頬を伝って足元に落ちる。
「馬鹿ですね、俺。あんな人の気持ちもわからないような子供を好きになるなんて……ほんと馬鹿だ」
そう言ったイルカは流れる涙を拭おうとはしなかった。
アスマはあんまり泣きすぎると眼が痛くならないだろうか、と心配した。
「…イルカ、思い通りにならないのが恋ってもんだろ」
アスマがそう言うとイルカは滓かに微笑んだ。
「…そうですね」
その微笑みがアスマの胸を締め付けた。
そう、何ごとも思い通りにはいかない。恋などというものは。
ずっとイルカを見てきた。
何かを期待したわけではなく、ただその笑顔を見るだけで満足だった。
それがまさかカカシのことを好きになるなんて思いもよらなかった。
イルカのカカシを見る目が『そうなのだ』とわかった時、アスマはひどく衝撃を受けた。
カカシを憎んでしまいそうだった。
だが、今まで見るだけで何も行動しようとしなかった自分にはそんな権利もないのだ、と囁く冷静な自分がいるのも事実だった。
イルカはひとしきり泣いたら少しは気が晴れたのか、笑顔で礼を言って立ち去った。
アスマはその後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。
『アスマ先生なら俺を傷つけたりしないですから』
あれはカカシ相手だと自分が傷つくということだ。
カカシのことが好きだからそれに気づいてもらえないのは耐えられないということだろう?
それをカカシはわかってない。
奴が気づかないうちにイルカを奪ってしまおうかとも思ったが、どうせ罪悪感にまみれて何もできなくなるだろうことは容易に予測できた。
そしてイルカがそれを望まないだろうことも。
結果が分かりきっていることに手を出す勇気はアスマにはなかった。
いつかカカシがイルカの想いに気づく日が来るだろう。
その日がいつまでも来なければいい、と思う。
けれどイルカを見ていると、早くその日が来ればいい、と望まずにはいられない。
結局二人が幸せであることを祈るしかない。
そう結論づけてアスマは立ち上がった。
晴れた空には白い雲が流れていく。
「あー、めんどくせーなー」
ぽつり、と呟いた言葉は力無く空に吸い込まれていった。
END
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2001.11.11 |