翌朝、どうしてもイルカに会いたかった。
訳の分からないまま別れてしまえばさらに後悔すると思ったからだ。
イルカの家の前で待ち伏せた。
アカデミーに行くためにはもうそろそろ出てくるはず。
扉が開いて出てきたイルカが驚いているのが分かる。
「…カカシ先生」
「イルカ先生。どうしても話があって」
「なんでしょうか」
イルカが俯いたまま俺のことを見てくれないことに、胸が痛んだ。
「俺はあなたを傷つけたんですか。俺のことが嫌いになった?よく分からなくて。だってイルカ先生は狡い。俺とつきあってるくせにみんなに笑いかけるなんて。だからあんなことしたけど、やっぱりそれが悪かったの?もしそうなら謝るから。だから別れるなんて言わないで欲しい」
「カカシ先生」
イルカが目を見開いて俺を見てくれたことに少しだけ満足する。
「イヤなんです。これからあなたに会えなくなるのも、声を聞けなくなるのも。そんなことになったら俺はこれからどうしたらいいのか分からない。どうやって生きていったらいいんですか」
イルカに伝えようとする言葉を紡ぐたびに悲しくなってきて泣きそうになる。
とても痛いんだ。
ただの我が儘なんだって分かってるけど。
「俺のこと、見てよ?俺だけを見て」
はやくこの痛みをなくして。
「…カカシ先生。ごめんなさい」
イルカが何故謝るのか。俺には分からないことばかりだ。
「駄目ですね。分かっていたはずなのに、自分のことばかり考えてしまって。あなたを傷つけてしまった」
そう言うとイルカは顔を近づけてきた。
なんだろう、と思っていると頬に唇の感触がした。
「カカシ先生、好きです。ちゃんとあなただけ見てますよ」
イルカは俺を好きだという。それはまるで甘い蜜のように俺の心を満たした。
痛みはもうなくなっていた。
突然俺は理解した。
これが人を好きになる、ということだと。
今の自分が恋をしている状態なのだ。なぜかそうだと確信が持てた。
まるで雷に打たれたみたいに。ああそうなのかと気づくのは、いつの時も突然で。
でもそういうのも悪くない。今はそう思える。
想っている人に想われることはこんなにも嬉しい。
きっと俺がイルカを好きだと自覚しないことが彼を傷つけていたのだ、とようやく理解できた。
愚かな俺。
この想いは誰かに教えて貰うものじゃなくて自分から溢れてくるものなのに。
「俺が悪かったんです。急ぎすぎてしまって…」
それを聞いてなんだかまた泣きたくなった。
けれどさっきの泣きたいとは全然違う。
イルカは俺が失敗しても怒らない。
辛抱強く待っていてくれているのだと思った。
「イルカ先生、もしかして俺のこと好きですか?」
「さっきそう言ったでしょう?俺は嘘は言いませんよ」
「俺もイルカ先生のこと好きです」
俺がその言葉で幸せになれたように、イルカも幸せになれるといい。
イルカはずいぶんと長い時間呆然としていたが、その後ひどく幸せそうに笑った。
その微笑みが嬉しくてイルカを抱き締めた。
まだ俺はイルカの好きには届かないけれど、いつか追い付いてみせると誓った。
人を好きになることをこれから覚えていくんだから、もう少し待ってほしい。
そう言おうとして、イルカにはきっと始めから分かっているんだと思った。
でもやっぱり言葉にしないと人はいろんな誤解をするから、言っておかないと。
「イルカ先生、もう少し待っててくださいね」
「はいはい、大丈夫ですよ。ゆっくりでいいですからね」
やっぱり分かっているイルカに嬉しくなって、抱き締める腕に力を込めた。
+++
夢を見た。また霧の夢だ。
けれどもう一人ではなかった。
イルカが側にいて俺の手を引いてくれる。
『ほら、ここにちゃんと橋があるでしょう?』
そう言ったイルカは笑っていて。改めて見ると、確かにそこにあった。
橋を渡るのはきっと難しいことではないだろう。
あなたと一緒ならば。
END
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2001.11.11 |