【糸し糸しと言う心・後編】


夢を見る。
霧の浅瀬をただ一人歩き回っている夢。
大きな河があって、それを越えていけばいいということは分かっている。
けれどその河の真ん中は深すぎて越えることはできない。
橋がどこかにあるはずなのだ。
けれど霧が深すぎて分からない。
確かにそこに存在するのに見えるべき物が眼に入らないのだ。
ただ立ちすくむだけの俺。
進むことも退くこともできない。
いつもそこで夢が覚める。


+++

「こんばんは、イルカ先生」
「こんばんは、カカシ先生。どうぞ」
イルカが体をずらして部屋に招き入れてくれるのは、嬉しい。
特別な気がする。俺だけに許された特権だ。
「何か食べますか?」
「あ、すみません」
「今用意しますから」
そう言ってイルカは台所に行ってしまった。
出された料理は全部俺の好きな物ばかりだった。
また嬉しくなってしまう自分。
だから気づかなかった。イルカの表情がいつもと違っていたことに。
俺が食べ終わり、お茶を飲んでいる時にその話は出された。
「カカシ先生、もうここへは来ないでもらえますか?」
「え?」
何を言われたのか、よく分からなかった。
「家におじゃまするのは迷惑ってことですか?」
「そうではなくて。もうお別れしましょう、ということです」
お別れ。
それはもう会えないということ?
もうあなたの笑顔を見ることも声を聞くことも許されないということ?
「……どうしてですか」
俺の声は震えてはいなかっただろうか。
「もうこれ以上あなたとつきあうのはつらいんです」
つらい?俺があなたを傷つけているの?
それとも俺のことがそんなに嫌いなの?
どうしてか分からない。
分からないよ。誰か教えてよ。
今ほど人の気持ちが分からないことを悔やんだことはなかった。
もう何がどうして自分の家にたどり着いたのかすら分からなかった。
体から力が抜けて何もする気が起こらない。
頭の中だけはグルグルと回って混乱する。
その日は一睡もすることが出来なかった。


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