そっと病室の扉を開けると、ベッドに半身を起こしていたカカシ先生と目があった。しまった!と思ったが、今さら引き返すのもなんだかおかしい気がして、おそるおそる部屋に入る。
「怪我は大丈夫ですか?」
「あー、はい。大丈夫です」
その後、じっと見つめられて心臓がうるさい音を立てる。
なんで見られているんだろう。
「あの…」
「もしかして、俺の知り合いの人ですか」
そう言われて、はっとする。
そうだ。記憶喪失なんだ。入ってきて名乗らない人間なんて怪しすぎて当然だ。
「俺は、うみのイルカと言います」
「あー、どうも。俺は、はたけカカシっていうらしいです」
カカシ先生がぺこりとお辞儀をする。
自分の名前も覚えてないんだ。
動揺する俺を、またじっと見つめるカカシ先生の視線にカーッとなって、うまく頭が回らない。
今だったらいいかもしれない。
もしかしたら今だったら。
いいって何が?
自分でもよくわからないまま、言葉を発した。
「実は、俺は、あ、あ、あなたの恋人だったんです!」
するりと口にしてしまってから、どうしてこんな事をいってしまったんだろうと混乱する。
慌てて「今のは嘘です」と否定しようとして、
「そうだったんですかー」
とにっこり笑って納得され、更に思考能力が低下してしまった。
頭が真っ白になって言葉が出てこない。
どうしよう。
「だからあなたを見ると懐かしく感じるんですね。ごめんね、恋人のことを忘れたりして」
「いや、あのっ……」
信じてる。
信じてしまっている、俺の言葉を。
そして謝っている!
心臓がバクバク音を立てているのに、ひやりとしたものが背中を撫でたような気がした。
ああ、違うのに。
「イルカ先生。……もしかしてそう呼んでました、俺?」
ずっと頭をひねっていたカカシ先生が、突然といつものように俺を呼んだので驚いた。
「思い出したんですかっ」
「いえ……なんか薄ぼんやりと…」
思い出したわけじゃない。
でもだからといって、俺が言った言葉が取り消されたわけでもない。
「あのっ、身体に障るといけないから、俺帰ります!」
ばたばたと慌てて帰ろうとすると、
「また明日来てくれますよね?」
とカカシ先生は言った。
恋人ならもちろん来てくれるよね?と。
「もちろんです!」
涙が出そうになるのを堪えながら答えた。声は震えていたかもしれない。
病室の扉をそっと閉じ、それからはこれぞ忍びのお手本と言われるくらいの全速力で病院から逃げた。
嘘をついてしまった。
いくらなんでもこれは犯罪だ。
だって、恋人なんてとんでもない。
それは会えば他愛のない話をしたり、飲みに行ったりするぐらいのことはあった。
でも、とても恋人といえるような付き合いではなかった。
ナルトのことが縁で知り合って、普通の顔見知りよりは少し親しい友人程度だったと自分でも思う。カカシ先生だってそう思っていたに違いない。
俺は一目惚れだったけど。
ずっと好きだったけど言い出せなくて。
だからきっと夢みたいなことをつい口にしてしまったんだ。
ああ、馬鹿なことをした!こんな嘘をつくなんて、どうしたらいいんだ!
と、家まで走って帰る最中も、家に辿り着いてからも、頭の中はどうしようでいっぱいだった。
『忘れてごめんね』なんて言ってくれたら、その気になってしまうじゃないか。
もしかしたら自分は本当にカカシ先生の恋人で、記憶喪失で存在を忘れられただけなのかも、と。
そんなことあるわけないのに。
当然、その日の夜はあまりのことに眠れるわけもなかった。
●next●
●back●
2003.09.13 |