【いつかの約束6】


アカデミーが終わった後に任務受付所のシフトが入っていて、全部終わった頃には辺りは夜の闇に包まれていた。
夏が過ぎると日没も早いな、と思いながら、家路に着こうと慌てて外に飛び出した。
カカシ先生には伝えてあるけれど、記憶のない時なんて不安になるものだから心配しているかもしれない。
そう考えていると、門に寄りかかって誰かが立っているのが見えた。
ドキリとした。
その場所は、以前カカシ先生がよく立っていた場所で、そこで会って飲みに誘われたり待ち合わせをしたりしていた。
近づくにつれ、影はどう見てもカカシ先生本人にしか見えなくなり、心臓のドキドキは更に酷くなる。
「イルカ先生」
カカシ先生は笑っていて、よかったまだ記憶は戻っていないんだ、と安堵する。
「カカシ先生、どうして…?」
「今日は任務もなくて一人で待っているのは暇だったから、迎えに来ちゃいました」
更に笑みを深くしながら、そんなことを言う。
「一緒に帰りましょう」
その言葉は以前もよく言われた気がする。カカシ先生は前と変わっていないように見えるのに、本当の記憶を失っているのだ。
カカシ先生にとっての大切な記憶。
失ったものさえ鮮やかに思い出す鍵になるような記憶。
それは何だろう。もしかしたら、そこには本当の恋人との時間があるかもしれない。
そう考えると気持ちも沈んでしまって、なかなか浮上することができないでいる。
自分の嘘は本来のカカシ先生を歪ませてしまっている。やはり正直に告白するべきかもしれない、と思う。
「イルカ先生、どうしました?」
「いえ、なんでもありません」
でも、いざとなるとどうしても言えない。
「……えーっとね。今夜は月が綺麗ですよ」
沈んだ表情をしている俺をカカシ先生は慰めようとしてくれている。理由は俺が言い出すまで聞かないように気を使っているのだ。
優しくされて、現金にも少しだけ気持ちが明るくなった。
「ああ、そういえば今夜は十五夜ですね。お月見しましょうか」
できるだけ心配をかけないよう、明るく笑顔で応対していたその時。
「……あ!」
「え?」
「約束。約束しましたよね、イルカ先生。十五夜になったら一緒に月見をしようって。俺、それを楽しみにしていたんだった」
「あ!」
そういえばそんな約束をしていた。覚えてる。
俺だって楽しみにしていたんだから。
「でも、あれ?イルカ先生が俺の恋人?って……え?なんで?」
たぶん以前の記憶がすべて戻ったんだ。今までのさまざまな記憶が甦ってきて、現在の自分との記憶の齟齬にいろいろと混乱しているカカシ先生。
それはそうだ。気づいたらいつの間にか男の恋人ができていただなんて、そんな馬鹿な話はない。
いつばれるだろうとビクビクしていたけど、カカシ先生は思い出してしまった。嘘はばれてしまった。
もう一緒にはいられないんだ。それだけが気になるなんて酷い人間だ、俺は。
「すみません。恋人なんて嘘をついて、申し訳ありませんでした!」
俺は深々とお辞儀をして謝罪するやいなや、ぽかんとしているカカシ先生を残してその場を脱兎のごとく逃げ出した。


カカシ先生の記憶は、過去も現在も脳の中で繋がってしまった。
自分との約束がきっかけで思い出す。なんて皮肉な。
きっと罰が当たったんだ、あんな嘘をついたから。
全力で走っているため、持ち帰ってきた筆箱がカタカタ鳴るのが妙に悲しくて、じわじわと視界が滲んでいったのだった。


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2003.11.14


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