アパートに辿り着き、玄関に入って扉に背を預けた瞬間。
コンコン。
扉を通して振動が伝わる。
「イルカ先生ー」
カカシ先生の声だ。
このタイミングからいって、全力で走ってきた俺を追ってきたに違いない。しかも息切れしている様子がない。上忍と中忍の違いを見せつけられたような気がして、つい怒鳴った。
「どうしてついてきたんですか!」
「……だって、ここに生活用品一式が置いてあるんですよ」
そう言われてみればそうだった。
当座の生活に便利なようにと、カカシ先生の家から持ってきた荷物の数々。これがないと困るだろう。
「あっ。い、今、荷物をまとめて持っていきますから!」
慌てて部屋の奥へ取りに行こうとしたとき、名前を呼ばれた。
「待って、イルカ先生!……とりあえず開けてもらえませんか」
カカシ先生にそう言われて覚悟を決めた。
鍵はかけていなかったのに、カカシ先生は自分で開けずに待っていてくれる。礼儀正しい人だ。その人を騙してしまった。
いつまでも逃げてばかりではいられないのはわかっていた。きちんと謝らなければいけない。たとえ許してもらえなくても。
「はい。今開けます」
恐る恐る扉を開くと、カカシ先生が静かに入ってくる。玄関先では失礼だと思い、部屋に上がってもらってお茶を出すけれど、それにはどちらも手をつけなかった。
少しの間沈黙のままで時間が過ぎ、思い切って自分から口を開いた。
「記憶は全部戻ったんですか」
「はい」
やっぱりカカシ先生は記憶をすべて取り戻してしまった。あまりしゃべらないのは怒っているのだろう。
「嘘をついて申し訳ありませんでした。殴ってもらってもかまいません。それでカカシ先生の気が済むなら……」
そう言うと、カカシ先生は首を横に振った。
「殴ったりしませんよ。ただどういうことか説明してもらいたいだけです」
殴るほどの価値もないということなんだろうか。
説明って、俺がカカシ先生を好きだからつい嘘をついたことを正直に言えと? そんなことは言えない。
どうしたらいいかわからなくて、本当は説明しなくてはいけないのに口をつぐんでしまう。
「どうして恋人だって言ったんですか」
だから言えません。そうきっぱり言えたらどんなにいいか。
どうしようもなく切羽詰まって、もしかしたら自分は他の里のスパイでカカシ先生を騙していました、と更に嘘をついた方がマシかもしれない。そんな馬鹿なことすら考えた。
「答えてくれないと、良いように解釈しますよ」
「は?」
なんだろう、良いように解釈って。
意外なカカシ先生の言葉に首を傾げた。
「だからね。イルカ先生は俺のことが好きだから恋人だなんて言ったのかなーって」
まさに俺が言いづらくて黙っていたそのものずばりの答えで、絶句した。
かーっと頭に血が上り、あまりの恥ずかしさに穴を掘って逃げたくなった。カカシ先生の顔をまともに見られなくて、ずっと湯飲みを眺めているけれど、居たたまれない。
すると、突然手が伸びてきて俺の頬に触れた。
「黙っているってことは、本当なんですか?」
もうどうしようもない。逃げられない。
「はい。すみませんでした」
泣きそうになりながら、それでもなんとか謝った。恥ずかしさにぎゅっと目を瞑ってしまう。
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