「味付けが不味いんですか? だったら……」
「そうじゃない、そうじゃないよ。テンゾウ、お前分かってないね」
味付け程度であれば別にどうということはない。多少塩辛かろうが甘かろうが平らげる自信だってある。
が、しかし。
イルカちゃんは皮付きの野菜をそのまま使うなんてあたりまえ。下味をつけるって何のこと?というレベル。半生・生煮え・焦げまくった料理が山と出来上がる。いや、それはいい。よくはないが、出来上がったものが食べられない物体というだけでたいしたことではない。
それよりも問題は。
米を洗剤で洗うことから始まり、乾燥わかめを全部もどして鍋から溢れさせ、卵を加熱して電子レンジを爆発させたのも1回や2回ではない。帰宅したら台所が大惨事なのもしばしば。どんな台風が家の中を通過したのかと思うくらいだ。
だが、俺は後片付けをするのが大変だからイルカちゃんが料理をするのを渋っているのではない。
「だってお前、包丁で指を切ったらどうするんだよ! コンロで火傷したら困るじゃないか!」
危なっかしいのだ、すべてにおいて。
「……あの、イルカさんって忍びですよね?」
「もちろん、立派な中忍に決まってるでしょ」
今さらそんな決まり切ったことを聞くなんて、テンゾウはボケちゃったんだろうか。
少し哀れに思った。暗部の任務は厳しいものが多く、精神的におかしくなるものも後を絶たない。若いくせに可哀想に。
「中忍ともあろう人が包丁で指切るって……」
「それとこれは別。任務と料理は違うんだから」
「でも丁寧に教えていけば覚えるし、慣れるんじゃないですか?」
分かってない。テンゾウはまったくもって分かってない。
たしかに時間をかければ慣れるかもしれない。
イルカちゃんは特別不器用なわけではないので、教えればいつか普通に料理できるようになる日はそう遠くはないだろう。
しかしそれには重大な落とし穴がある。イルカちゃんが身の回りのことを自分でできるようになったら俺の価値が下がるということだ!
せっかく俺なしじゃ生きていけないように騙してきたのに、一人で生きていけることに気づいたら離れていくかもしれないじゃないか。そんなのは想像するだけでぞっとする。
だからイルカちゃんは料理なんてできない方がいいのだ。俺だけを頼って、俺だけを必要としてくれればいい。
もちろんこれは誰にも言えない理由なのだが。
「とにかく。テンゾウもよけいなことしないよーに。わかった?」
「はあ」
念を押したが、いまいち納得していないようではっきりしない答えが返ってくる。が、本当の理由を言うわけにはいかない、と考える常識ぐらい俺にだってある。そこで話は終わらせたのだった。
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2008.08.30 |