【子分の悩み】前編

親分の憂鬱』の続編です。


最近イルカちゃんの様子がおかしい。
やたらと台所に入りたがる。ただ入るだけではない、できもしない料理に挑戦しようとするのだ。
今までそんなことはなかった。空腹だから、喉が渇いたから、そういった理由で台所に顔を出すことはあっても、自ら食べるものを作ろうということはなかった。
『台所はカカシが管理するもの』と認識しているらしく、昔から荒らすような真似はしないのだと俺は解釈している。
それなのになぜ今になって?
訊けば何でもないと慌てて否定するが、何かを隠しているのはわかりきっている。
原因を知るにはどうするべきか。
そんなことを考えながら任務をこなしていく。
幸いたいした任務ではなく、暗部の連中はみな優秀なので目をつぶっててもできるようなものだった。
「先輩先輩。どうですか、最近」
すべてが終わって帰る頃、テンゾウが話しかけてくる。
「どうって何が」
「何って、ほら、例の愛しい恋人のことですよ!」
再三言い含めたので、ようやくテンゾウもイルカちゃんのことを正しく呼ぶようになった。
そう、恋人。恋人だ!
幼い頃に出会って一目惚れしたイルカちゃん。今も可愛いが昔も可愛かった。くりっとした大きな瞳に最強の笑顔は、いつだって輝いていて眩しいくらいだった。目を離した隙に変質者に攫われたりしないかと真剣に案じたものだ。実際何度誘拐されかけたかわからない。それを俺が大事に大事に守ってきたのだ。
誰からも好かれるイルカちゃんが俺だけを見てくれたら、とそれだけを願ってきた。
そして最近になって、長年の夢見てきた恋人という地位をようやく手に入れたのだ。『恋人になってあげてもいいよ』とイルカちゃんは可愛い顔をして言った。
うっとりしそうになって、はたと気づいた。
「なんでテンゾウがイルカちゃんのことを気にするわけ?」
「えっ。それは、その……」
視線が泳ぎ、しどろもどろになるテンゾウにピンときた。
「最近イルカちゃんがやたら料理したがるのは、もしかして誰かさんに何か言われたからなのかなぁ?」
「う」
青ざめた顔は、何も言う必要がないほど確かな事実を物語っていた。
「テーンーゾーー。またお前か」
「いひゃいです、カカヒふぇんぱい」
テンゾウは頬を引っ張られながらも抗議するので、発音が不明瞭この上ない。
そんな姿を見て、盛大な溜息が漏れた。
「どうしてお前はいつもいつも余計なことばかりするの」
「余計じゃないですよ! カカシ先輩は激務で疲れてるのに、家に帰れば中忍の世話をしなきゃならないなんて僕には耐えられません」
「なんでお前が耐える耐えないの話になるんだよ。このお馬鹿っ」
抓る指先に力を込めると、情けない悲鳴が聞こえた。
家事は俺が好きでやっている。疲れてるからやりたくないと思った事なんて一度もない。
どんな面倒くさいことでも、イルカちゃんのためなら何だってできるし。むしろ疲れてるからこそ、イルカちゃんが喜ぶことをして笑顔を見ることができれば、逆に活力が湧いてくるというものだ。
だから『世話をしてやっている』なんて間違った言い方だ。
イルカちゃんが何かする必要なんてない。そこに居るだけでよいのだから。
料理は俺が作る。それでいいではないか。
「だいたいイルカちゃんが料理したら大変なことになるのは分かりきってるんだから」


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