一方、その頃のカカシは。
ドスドスと音を立てて歩く姿は、忍びとしてあるまじき姿だったが、本人は気づいていなかった。
何だよ、アレ。
鈍い、鈍いとは思ってたけど、あんなに鈍いとは思わなかった。
ふつーもらってくるか?チョコレートを!恋人がいるっていうのにさ。
しかも義理じゃないなんて!あんまりだ。
もしかしたらイルカ先生にチョコレートをもらえるかもしれない、と淡い期待を抱いていたのが悪かったのか?
付き合いだして初めてのバレンタイン。期待するなという方が無理ってもんじゃないか。 しかも俺よりチョコが大事なんて!
今度という今度は謝ってもらわないと気が済まない。
今まではすぐに謝ってきたが、どうもそれはよくない。ありがたみがないというか、侮られるというか。
いつもいつも俺が謝ると思ったら大間違いだ!
そう思ってはみたものの、つい先ほど家の扉を閉じる瞬間にちらりと見えた少し泣きそうなイルカの顔が忘れられなかった。
いや、駄目だ。俺から謝ったら負けだ!
もはや一種の意地になっているといってよかった。
絶対に自分からは謝らないということしか、もう頭にはないようだった。
それでも顔を合わせると自分が謝ってしまうかもしれないことはわかっているようで、明日からは遠出の任務を受けてしまおうと決心していた。



失敗した。
カカシは後悔していた。
いくら遠出の任務がこれしかなかったからといって受けるんじゃなかった、と。
任務自体が嫌なわけではなかった。
問題なのは任務を遂行する部隊の指揮官だ。
その男は以前からの知り合いだったが、何かとカカシを目の敵にしていた。
とにかくカカシのやること為すことが気に入らないらしく、何をしても因縁をつけてきた。
カカシが提案した作戦はことごとく退けられ、かといって有効な作戦があるわけでもなく、ただ悪戯に時が過ぎるだけだった。任務は遅々として進まず、当初の予定から大幅に遅れていた。
ふと気づくとイルカのことを考えている自分を発見する。
今、どうしているだろう。
少しは寂しく思ってくれている?
それとも俺の事なんてどうでもよくなって、チョコをくれた女と笑ってるの?
なんで俺は大事な人を放っぽって、こんなくだらない男の言うことを聞いてるんだろう。
会いたい。
会いたい。
アナタに会いたい。
今すぐ会えないと、きっと死んでしまうよ。


それでもどうにか任務は成功に終わり、後は里に帰るだけとなった。
だが、部隊で行動すれば帰りが遅くなるのは目に見えていた。一人で走った方が早いに決まっている。
「隊長。ちょっといいですかー?」
カカシから隊長に声をかけるとは珍しい。隊員達は事の成り行きを固唾をのんで見守った。
「俺、先に一人で帰るんで。後はよろしく」
「何を言っておるか!勝手な行動は許さんぞ」
「里にいる恋人に早く会いたいんですよねー」
「そんなことで団体行動を乱す気か、貴様!」
口角から泡をとばさんばかりに隊長は怒鳴っていた。怒りのあまり、顔が真っ赤になっている。 結局成功したのがカカシの作戦だったというのも隊長の怒りを倍増させていたのだろう。
が、カカシはそれを何処吹く風といった風情で受け流した。むしろ関心がないといってよかった。
「ねぇ。好きな人いないの?会いたくて抱きしめたくて仕方ない時ってあるでしょ」
「そんなこと我慢できなくて忍びができるかっ!」
「ふうん。アンタの恋人は可哀想だね。アンタはその人のために死ぬほど胸が苦しくなったりしないんだ? 声が聞きたくてたまらなくなったりしないんだ?俺は我慢できないし、死にそうだから行くよ」
言いたいことだけ言って、もう後を振り返らずに走り出した。
遠くに呼び止める声が聞こえても、気にならなかった。

もしも会うのを我慢しないと勝ちじゃないっていうなら、一生負けっ放しでかまわない。
息が苦しくて心臓が止まってしまう前に会いに行かなくちゃ。


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