「イルカ先生!!」
扉を勢いよく開ければ、目の前には待ち望んでいた愛しい人の姿。
優しい笑顔で
「おかえりなさい」
と言われれば、もうこれ以上望むものなどあろうか。
「ただいま」
声を聞いて、抱きしめて。
ようやく実物に会えたのだという実感が湧く。
「あの……この前はすみませんでした」
「え?」
イルカに謝られてカカシは驚いた。もうすでに自分は謝る気でいっぱいだったから。
あれだけ謝った方が負けだと思っていたにもかかわらず、先に謝られてしまうとやっぱり負けてしまったような気がするのは何故だろう。
「最初から説明しておけばよかったのに、俺が悪いんです」
「そ、そんな。イルカ先生は悪くないです!俺が勝手に……」
「あれはおまじないなんです」
「え?」
意外なことを言い出す恋人に、カカシは驚きを隠せない。
下手な言い訳かとも思ったのだが、真面目なイルカにそんな器用な真似ができるわけもない。
「あのチョコレートは全部溶かして作り直して、ホワイトディに配るんです。毎年ひとかけらだって食べたことありません。元々は子供の頃からの習慣なんです。父にね、騙されたんですよ」
「騙された?」
「そうです。初めて女の子からチョコレートをもらった時『この世で一番好きな人からもらったチョコ以外は食べたらいけない』って教えられて。びっくりしました。もうもらってしまってどうしたらいいのかわからないくて、どうして早く教えてくれなかったのかってわあわあ泣いて父を責めたんですよ。そしたら父も困ったんでしょうね。『食べなかったら問題ない。作り直して返せばいい』って更に嘘をつかれてしまった。それからずっとそうやって返すのが習慣になったんです」
懐かしそうに笑うイルカ。
きっと仲のいい親子だったのだろうことは容易に推測できた。
可愛い息子についた他愛のない嘘。
本気で信じてしまって泣いている子供に、今更嘘だったなど言えようか。
「いつ頃からだったか、返すチョコの方が好評になって、幸運を呼ぶなんて噂になったりして。そんなつもりはなかったんですけどね。でもそう言われるとつい作るときも気合いが入るでしょう。毎年幸せが訪れますようにって作るんですよ。俺にチョコを渡す人って、そのおまじない目当てなんです。だから、全部板チョコでしょう?」
「あ、ホントだ」
「その方が溶かしやすくていいんです。名前と住所が書いてあるのは、返すときに忘れると困るから、前からそう頼んであるんです」
「そうだったんだ」
事情を説明されると納得でき、カカシはようやく安堵した。
人から贈られるのはあまりいい気分はしない。けれど、本当にそういう意味合いで贈られているわけではないのなら、これ以上どうこう言って喧嘩するなど馬鹿らしい。
「そんなに好評なら食べてみたいな。俺がチョコをあげたら作ってくれますか?」
「駄目です。カカシ先生には返してあげられません」
「えっ」
もしかしてまだ喧嘩したことを怒っているのだろうか。


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