【幸運を呼ぶチョコ】'''


あの時は興奮していてかなりひどいことを言ったような気がする。そういえばまだ自分ははっきり謝っていなかったかもしれない。
不安になったカカシに、イルカは
「だってカカシ先生からチョコをもらったら、全部俺が食べちゃいますから」
と言う。
「……全部ですか?ひとかけらも残さずに?」
問いかける声が掠れる。
「全部です」
頬を赤く染め、照れながらも笑うイルカ。
もう駄目だとカカシは思った。
俺の負け。完敗だよ。
いつも易々と俺に勝ってしまう人。
ねえ、それはわかって言ってるの?
『この世で一番好きな人からもらったチョコ』はひとかけらも残さずに食べるって言ってるんだよ。その意味。
あなたの作ったチョコを一生食べられなくても俺は我慢しなくちゃいけないんだ。
だってそれは特別だから。たった一人にだけ許された特権だから。
その考えはじわじわと効いていく毒のように頭を痺れさせた。


幸運を訪れるように、と心を込めて作るチョコはおまじない。
けれどそれをイルカは少し寂しく思っていた。
どうせだったら自分自身を必要としてくれたらいいのに、と。
もちろんあげる相手が幸せであってほしいと願う気持ちに嘘はない。
けれど、ずっと側にいてくれたらもっと幸せを願ってあげられると思う。
チョコレートは食べてしまえば溶けてなくなってしまうけれど、自分はなくなったりはしない。
今まではもらったチョコはずっと食べずじまいだった。
でも今年はカカシからもしもらえたなら、食べてしまおうと心に決めていた。
食べてしまって、ずっと側にいてその人の幸運を祈る。
そうしたいと思っていたのだ。


「それじゃあ食べきれないくらい買ってきますから、ね?」
「えっ」
「全部食べるんでしょ?」
「カカシ先生って意地悪ですね」
これくらいは許してよ。ささやかな報復。
幸運を呼ぶチョコは手に入らなくても、幸せそのものを手に入れるよ。
そう心で呟くカカシだった。



二人が仲直りを果たしたその翌日。
カカシには偶然会ったくノ一に問いたださなくてはならないことがあった。
「紅。お前、イルカ先生にチョコ渡しただろう!」
「あら、ばれた?」
反省の色はまったく見えず、にこやかに笑っている。
「イルカのチョコってくノ一の間じゃわりと有名なのよ。落ち込んだときに食べると元気が出るとか。任務の前の日に食べると必ず成功するとか。いつ頃からかなぁ、そんな噂が流れたのって」
カカシはそんな噂は知らなかった。聞いたこともなかった。
「くノ一の間だけだから聞いたことがなくてもおかしくないわ。ここ一番の大事なことの前に食べるために大切にとっておくの。一年を無事に乗り切るためのおまじないなのよ。みんなわかってるのね。イルカの深い思いやりや無事を願う祈りが込められているから幸運を呼ぶんだってこと」
込められる想いは人を幸せにする。
そのことに少し嫉妬する。
俺だけを見て俺だけを想って欲しい、と思う。
恋人がいるのだから今年から止めさせようかとカカシは考えていた。
だがしかし。
「言っておくけどね。毎年楽しみにしてる娘がどれだけいるかわかってる?もしやめさせたら、アンタきっと里中のくノ一を敵に回すわよ?」
そう言って紅はうっすらと笑った。
こ、怖い……助けてイルカ先生!
ついつい気弱になるカカシ。
どんな危険な任務を前にしてもこれほど恐怖は感じなかったはずだ。
「でも、そうね。おまじない目当てじゃない娘もいるのはたしかね」
「えっ」
「ほら、彼鈍いじゃない。本気チョコもおまじないと間違えて返しちゃったことがよくあるって聞いてるわよ。だから今じゃイルカお手製チョコを手に入れるだけでもっていう娘もいるはずよ」
「な、な!」
「まあ、せいぜい頑張ることね、カカシ!」
高らかに笑う紅にかまっている暇はない。
もしそれが本当なら放ってはおけない。俺のイルカ先生を守らなくては!
その決意はかなり固かった。
その後、ホワイトディにはチョコを配るイルカの後ろで睨みをきかせる某上忍の姿があったとか。


HAPPY VALENTINE!
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2002.02.16


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