【それはまいないではなく】前編
まいない』の続き


 今日のお弁当はなかなかの出来だ。
 我ながら満足しながら、弁当箱を二つ鞄へとしまう。
 弁当が二つあるのは、何も早弁をするわけでも残業食にするわけでも何でもない。一つは自分用、もう一つはカカシ先生に作っているのだ。
 ひょんなことから知り合いになり、ナルトたちの上忍師ということもあって親しく話をするようになり、たまに夕飯を作ってくれないかと頼まれた。
 カカシ先生は食べることがとても好きらしく、しかし上忍で忙しい身では自分で作ることは困難だし、いつもいつも外に食べに行くのは躊躇われる。だからお願いできませんか、とまで言われると、もちろん喜んで作りますと返事をした。
 料理をするのは好きだ。それを美味しいと言ってくれる人がいるのは、なおさら好きだ。
 カカシ先生はそれはもう美味しそうに食べてくれる。細身に見えて案外食べっぷりのいい人だった。そうなると俺も力が入って張り切ってみたりする。
 最初は夕飯だけだったのが、たまにお弁当でもということになり、たまにだったお弁当が今では日課のようになっている。
 どうせ一つ作るのも二つ作るのも手間は同じだからかまわない。むしろ美味しいと喜んでもらえる人がいる方が励みになっていい。今日もまた喜んでくれるかなぁと思うと、出勤する足取りも軽かった。


 その日の午前中は体術の授業などで忙しく、あっという間に昼休みになった。
 職員室へと戻る途中、中庭に集まって話をしている集団を見つけ、なんだろうと不思議に思った。しかも女性ばかりだ。教師以外の忍びの出入りが禁止されているわけではないが、こんなにいるなんて珍しい。
 任務受付所などで顔見知りの中忍がいたので、軽い会釈と共に挨拶をした。
「こんにちは」
 声をかけると、皆一様にぴたりと口をつぐむ。そしてその後に愛想笑いで挨拶を返されただけだった。早くあっちに行って欲しいというのが伝わってくる。
 少し寂しく感じながら、その場を離れた。
 最近なぜか俺がカカシ先生に賄賂を贈っていると噂になっていた。だからそのせいで一部の人たちに何かを言われているみたいだ。
 たしかに冗談で料理を作ることを賄賂と言っていたけど、あれは隠語というか合い言葉みたいなもので。真に受けられると非常に困る。
 しかし、俺が取り入ろうとしていると思われても仕方がない。カカシ先生は、一介の中忍が近づくだけで噂になるほどの超エリート上忍なのだから。本人はとても気さくな人なんだけど。
 中庭が少し遠のいたとき、さっきの集団にざわめいたというか活気づいたというか、とにかく少々騒がしくなったので足を止めて振り向いた。
 何事かと思えば、どうやらあの人達は全員カカシ先生を待っていたらしい。当人がやってきたので取り囲んでいるという風だ。
「あ〜、やってるやってる」
 いつのまにか同僚が側までやってきて、中庭を見ると嘆息した。
「やってるって?」
「ほら、お前がはたけ上忍に賄賂を渡しているっていう噂があっただろ?」
「ああ」
「その賄賂は実は弁当だった!とかまた騒がれててさ。それでくのいち連中が『弁当でいいなら私も!』って張り切ってたらしいぜ」
 たしかに全員手にはさまざまな弁当箱を持っていた。
「まあ、賄賂っていうより恋人の座を狙ってるのばかりだけどな」
 説明を聞いて、そうだったのかと納得した。『写輪眼のカカシ』といえばエリート上忍で将来有望、マスクの下に隠れてよく見えないがおそらく美男と思える風貌、どれをとっても女性陣にもてないはずがない。みんなカカシ先生の恋人になりたいが為に、気合いを入れて弁当を作ってきているのだ。
「はたけ上忍、これを食べてもらえませんか?」
「それなら、私のお弁当の方が美味しそうですわ」
「あら、こっちよ!」
 大勢の女性に囲まれて、カカシ先生の表情はよくわからない。
 みんな蓋を開けて中身をアピールしているが、とても綺麗に盛りつけてあるお弁当だった。三段重ねのお重もあった。
「おわっ。あれ、淡路亭の弁当に、木の葉茶房の限定弁当!? すげぇな」
 有名料亭の仕出し弁当も多数あった。あれだけあれば、こんな庶民の弁当なんて必要ない。
 悲しかった。
 せっかく作ったお弁当は食べられることはないだろう。無駄になってしまった弁当箱をぎゅっと抱きしめて、その場を立ち去ってしまいたかった。
 そのとき、ちょうど同僚の腹が鳴った。これからお昼ご飯なのだから仕方がない。
「そうだ。お前、これ食べないか?」
 どうせ余っているのだから、食べてもらった方が俺も嬉しい。喜ぶ姿を見れば、今のなんとなく落ち込んだ気分も浮上できるだろうし。
「いいのか?」
「もちろん」
「ありがとうな、イルカ」
 二人で職員室に戻って食べることにする。おもむろに蓋を開け、いただきますと手を合わせた。
「イルカ、これ美味いよ!」
 同僚が喜んで食べているのを見て、あれ?と首を傾げた。
 誉められると大喜びしたし、美味しく食べる姿を見るのはこの上もなく嬉しいはずだったのに。なんだか今はそれほど嬉しくない。
 いや、嬉しいは嬉しいのだけれども。いつもほどじゃない。カカシ先生が蕩けそうな笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなって胸の辺りがぽかぽかしていたのに。
 それなのに、どうして今はそうじゃないんだろう。
 がつがつと食べる同僚を眺めながら考えた。一生懸命考えた。
 もしかしたら、誉めてくれるのがカカシ先生じゃないから? 笑いかけてくれるのがカカシ先生じゃないから?
 カカシ先生のために作ったお弁当が必要じゃなくなって悲しいのは、俺自身が不要だと言われているみたいで悲しかったから?
 独占したいって思うってことは、もうすでに恋だよ。きっと間違いない。
 俺はそういう意味でカカシ先生のことが好きだったんだ。
 すっかり食べ終わった同僚が、心配げに声をかけてきた。
「イルカ、どうした?」
「な、なんでもない。ちょっと目にゴミが入って……」
 慌てて目を擦って誤魔化す。
 だって、恋だと自覚した途端に失恋していたなんて、ちょっとあんまりだ。涙も滲んでくるのも当たり前だ。
 そんなとき、すぐ近くで『あーっ』と叫ぶ声がした。
「なっ、ない! お弁当がない!」
 叫んでいるのはカカシ先生だった。


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2006.06.26初出
2009.10.10再録


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